Think Skiing           20051211日    小堺 高志

 

暖かい日が続いている。11月24日のサンクスギビングの日、道路の混雑を避け、早朝3時45分にトーレンスの家を出る。佐野さんは前日の23日午後4時ごろすでに斉藤ちゃんの息子ブライアンとその友達ザックを連れてマンモスに向かっている。よって我々はいつもと違いサンタモニカの佐野さんの所に寄らず私の家に集合して直接マンモスを目指す。

今回は原ちゃんが連れて来た、まりちゃんという女性のゲストがいるのでマンモスでの総勢は6人となる。実はダブルブッキングで定員オーバーであるが、恒例のサンクスギビングをマンモスで祝うパーティーはここ数年欠かせない行事である。しかも私はこの後、手術のため2ヶ月ほどマンモスに戻れないので、盛大に楽しんで来ようと言う意図である。せっかくの4連休でのマンモス行きであるが、スキー場は今のところ暖冬のため雪の量に恵まれていない。そのため今日オープンするはずであったキャニオンロッジもまだ閉鎖されたままで、メインロッジを中心に一部だけでの営業と聞いている。

連休初めの混雑を避け早朝に出るという策が効を発し、5時間を切る快適なドライブで、朝8時半にはマンモスに着いた。思った通り、昨夜出た佐野さんはマンモスまで7時間半もかかったそうである。コンドのドアの前に大きなアイスボックスが置いてある。もう恒例のものとなったが、先日向かいのコンドの持ち主であるサンディエゴのカールから電話があり、マグロとハマチが入っているはずである。今日はスキーの後でこの魚を捌かなければならない。

 

ゲレンデに出ると折角の連休なのに雪不足はなんとも痛い現実である。暖かくて人口雪もあまり作れなかったそうで、スキー場の約十分の一しか開いていない上に、せっかく作った人工雪も強風で吹き飛ばされ、その斜面のかなりの部分が凍ってカチカチのツルツル状態である。それでも時たま吹き溜まりで雪がゲレンデについているところがあり、そう言う所を探して滑ることになる。連休初日は山頂まではオープンしていなくてフェースリフト止まりである。そのリフトの降り口を裏側に回りこみながら降りてくる“フェースの裏“と我々が呼ぶコースを滑ると上方部は凍った斜面が多いが下方部はまずまずのコンディションであった。今日は凍った表面が出ていなければ、まずまずと思わなければならない。カチカチのツルツルか、そうでないか?の二種類のコンディションしか今日はないのである。なんと分かり易くも、スキーには最悪の雪質である。

ランチタイムにメインロッジで斉藤(太)さん達に合う。10月初めに私のために開いてくれた「早期回復願いパーティー」 以来である。日本に行っていたそうで、私の故郷新潟に行って旨いものを食べ、温泉に入り、良い思いをして来たようである。

コンディションが良くないので、休憩が長くなるのは所為がないが、佐野さんと原ちゃんは3本滑って今日は終わりのようである。私は少しバンプがあるウェストボールをもう一本滑ってメインロッジのバーに戻る。ブライアン、ザックの15歳コンビはザックの方は今回が2回目のスノーボードとかで、思い通りに行かないので早々に怒って止めてしまったという。まだ子供である。スキーなら一緒に滑って面白さを教えられるがスノーボードではどうしようもなく、一度スノーボードのクラスに入るべきかと思う。

 

午後3時くらいにシャモニーのコンドに戻って魚の解体をしていると、カールとバァージニアの夫婦が挨拶に顔を出す。バァージニアは愉快でやさしいお母さん、私たちの大好きな人である。今夜は彼らの所に集まりメイン料理の25ポンドの七面鳥とマグロの刺身でサンクスギビングの晩餐である。

手際よく魚を捌き、刺身にする。今回はマグロが2頭とハマチが一匹。大きな魚も小さな魚も捌く基本は同じであるが、大きいのは力がいる。刺身と、魚のフライに味付けをしたのと、チョップしてイタリヤン風に料理したもの、そしてタイ風に味付けしたサラダを用意する。夕食の前に佐野さん原ちゃんとジャグジーに行くが、雪が少ないと客も少なく、ガラガラの貸し切り状態である。

カールのところで開かれる6時からのパーティーは総勢20人くらい。バァージニアの音頭で、神に収穫(食べ物に)を感謝する祈りで始まる。私が作った魚料理とバァージニアが作った伝統的サンクスギビィングの食事である。グレビーをかけた焼いた七面鳥、マッシュトポテトにスイートポテト、茹でたアスパラガスと、グリーンビーンと何種類かの焼いたパイなどである。食事中の7時くらいにニールが奥さんのアマンドと生後4ヶ月の赤ちゃんエミリーを連れて到着する。カールの息子エリックは夜中に着く予定という。二ールはエリックがスエーデンに留学中カールの所であったナイスガイでパーティー男エリックより元々はるかにしっかりしていたが、子供が出来てすっかり良い父親になり落ち着いている。二ールが「抱っこしてみるか?」と赤ちゃんを手渡す、私はいつも猫を抱いているので慣れたもの、原ちゃんで怖いものを見たように泣くエミリーちゃん、まりちゃんで泣き止む、佐野さん初めから抱く気なし。

まぐろの解体                   カール、バージニア夫婦

 

金曜日朝起きると、原ちゃんが「雨ですよ」という。「嘘だろう!」と外をみると本当に雨が降っている。スキーに雨は最悪の天候である。雪は解けるしスキーは滑らない、その後 凍ったら条件はさらに悪くなる。様子を見に8時ごろ私だけメインロッジに走る。子供たちは今日の分のリフト券を買ってしまっているので、その扱いがどうなるかと、私はまだスキーを諦めていないので、この雨がどの標高から雪になっているかを聞くためである。

チケット売り場で情報を聞くと、マッコイステーションから上は雪だという。そしてすでに買っているチケットで今日使わないのであれば現物をもってくれば3年間いつでも使えるバウチャーに変えてくれると言う。上が雪であればまだスキーの出来る可能性がある。コンドに戻って昨夜の残り物で朝飯を簡単に済ませ、佐野さんと私はスキーの用意をして子供をつれてメインロッジに行く。ブライアンとザックがチケットをキャンセルしてもらっている間に、佐野さんがゴンドラで上まで行って様子を見てくることになり、私は車を駐車させて佐野さんの報告を待つ。やがてゴンドラで下りて来た佐野さんは「上は視界が悪く、強風で積雪もほとんどなし、今日はだめそうだね」との事で、引き上げることにした。雨はさらに強くなって来た。子供たちを街中のモールの映画館の前に降ろして、我々はシャモニーに引き上げて午後の様子を見ることにした。

テレビを観たりして時間を潰していると、午後2時くらいから外の雨が雪に変わってきた。雪に変わっても湿っているため、すぐには積もり始まらない。1時間後くらいに温度が下がった車の表面を雪が白く覆い始める。そして道路が白くなるのは一番最後である。佐野さんが「チェーンを持ってこなかったから積もるようなら買いに行かなければ」と心配しているのを聞いて、私もシーズン初めでチェーンを車に積んでいなかったことに気づく。大体、今回は雪が降るとは天気予報も言っていなかった。

これで大雪になってくれたらスキーヤーとしては大喜びであるが、2センチほど道路に雪が積もったところで小降りになり、夕方には止んでしまった。情報に依れば積雪は山頂で5センチくらい。無いに等しい、しかし麓では雨の影響が強く、明日は湿った雪が凍ってコンディションはかえって悪くなっているはずである。空喜びの空心配であった。買出しに行って、ジャグジーに入って、今日は湯豆腐で一杯。しかし私は飲めない。ビールをミルクで倍に割って少し飲むくらいである。私たちが大方食事が終わったころ、カールとニール、そして早朝マンモスに着いたエリックが日本酒を飲みに来る。今回は父親になったニールはしっかりと父親役をしているため、アマンドがお風呂に入り、バァージニアが赤ちゃんの面倒を見てくれている、わずかな時間を盗んでの参加である。

熱燗を飲みながらのカールと息子エリックの話で、エリックがスゥエーデンの大学を卒業した時、カールは卒業式参加のためスゥエーデンを訪れた。その時カールは3日間、朝帰りで午前4時に帰って来た。カールから未だに何をしていたか明確な説明がないと問い詰める息子エリックに「あの時スゥエーデンは長い夜でしかも外は氷点下30度、バーで皆と飲んでいて、アメリカンフットボールの説明をしていた」と、若干説得力に欠ける言い分け。カエルの子はカエル、アメリカ風に言えば「林檎の実は木から離れたところには落ちない」というのがニールの感想である。

 

翌朝、晴天であるが昨夜の湿った雨と雪で道路は一部凍っているはずである。チェーンを持っていないので、メインロッジまで車を出せる状態かどうか、外に出て足で確認する。車が出せなければシャトルバスで行くことになる。道路には少し雪があり一部凍ったところもあるが、砂が撒かれており、太陽が照り初め、車が通って雪がシャーベット状になり始めているので問題なかろうというのが私の結論である。

昨夜の残りのご飯で全員に一個ずつ昼飯のおにぎりを作り、車でメインロッジに向かう。今日はこの週末最高の人出である。すでにパーキングも道路沿いも車で一杯であるが、幸い手前のスタンプアレー(通称スタンピィー)のパーキングに一台分のスペースを見つけ駐車できた。今日からスタンピィーの斜面がオープンしている。ここの斜面はマンモスでは中級のコースとしては一番広く大きい、ここが開いたらかなりリフト待ちの混雑が緩和されるはずである。今日は、先日思うように滑れなくて癇癪を起こして止めてしまったザックをスノーボードのスクールに入れ、我々はブロードウエイから上がってスタンピィーに下りる。所々凍ったスポットがあるが、まーまーの状態である。3番フェースリフトでもう少し上に上がってみると全体的には昨日の少しの雪で吹き溜まりになった所はコンディションがよくなっているが、強風で雪を飛ばされたところはツルツルに凍結していてスケートリンクの様なスポットもある。少しバンプのあるウェストボールが吹き溜まりになっていて滑ってみると思いのほか良かった。リフトに乗りながら見える、気になるコースがあった。ブロードウエイとスタンピーの間にメインロッジ側に下りるフォリストトレイルと、スタンピィー側に下りるマンボという2コースがある。そのフォリストトレイルで朝から人口雪を作り続けている。二人に「だまされたと思って付いて来て」と声をかけて人口雪の吹き付けるフォリストトレイルに進む。スノーメイキングマシンから人口雪が噴出されており、十分ではないが新雪のようなフカフカの雪が斜面を覆ており、気持ちよく滑れた。これが今日一番のお勧めコースのようである。

 

昼休みにマッコイステーションに入ると、ホワイトマウンテン組の斉藤さんと沼ちゃん、そして彼らが案内してきたゲストの一家が昼食を摂っていた。挨拶に行くと斉藤さんは日本で買って来たというスキーウエアを見せてくれた。私のスキーズボンは日本製を使っているが、ジャケット等はザノースフェースというアメリカのメーカーが多い。私が主に使う赤いザノースフェースのジャケットはエベレスト遠征にも使われたという軽くて高性能のものだが、日本製はそれ以上に細かいところまで気遣いされた作りで優れていると思う。車同様、デザイン、色使でも日本製は一歩進んでいる。これは一般論で斉藤(太)さんのことではないが、そのデサインにより、馬子にも衣装、かなり体型もカバーしてくれるようである。斉藤さんもいつになくスマートにみえる。ここまで書いてしまったら、やはり斉藤さんのことになるか?

皆に「昼休みはマッコイで」と言ってあったので、やがてニールとアマンドが来て、カール、シンディー、その友達マリアが私たちの席に加わる。やはり雪質には、いまいち満足していないようなので、今日のお勧めコースであるフォリストトレイルを教えてあげ、午後から案内してあげることにする。

フォリストトレイルは林の中にあるので風で雪が飛ばされていない分、斜面に雪が付いていてアイシーなスポットも少なく、さらに朝から雪を作り続けているので他の斜面に比べればかなり良い状態である。その後カール達はずっとこの斜面で滑っていたようである。2時半ごろブライアン、ザックと待ち合わせているメインロッジのバーに行くと先に上がった佐野さんと原ちゃんが飲んでいる。その間にブライアンとザックがもう一度ブロードウエイを滑りたいという。私は「ブロードウエイは初めての挑戦というザックは、下りるのに、一時間はかかるよ」と言ったのであるが3時間のスクールで自信をつけたザックは出でかけてしまった。カール、ニール、エリック、などやがて全員がそろう。飲まない私以外は、待っている間に次々とドリンクを空けていき、飛ばしすぎである。その後、私の予想どおり、なかなかブライアンとザックが戻ってこない。3時半ごろブライアンだけ帰って来て、「ザックはブロードウェイのリフトを降りたところで、凍った斜面を下りられなくて、スノーボードをはずして歩いて何処かに行ってしまった」と報告。また切れてしまったようで、困ったものである。

さて、今夜は滞在最後の夜、カールのところと一緒にまた夕飯を、と言っていたのでそろそろ私は帰って夕食の用意を始めなければならない。佐野さんとエリックが残ってザックを待つことになり、私は原ちゃんと駐車場に向かう。スタンピィーの駐車場に向かうシャトルバスが混んでいたので歩き始めたら、ニールの車が追い越していく。「載るかい?」と言われたが疲れるほど滑っていないので断る。レクサスSUVの新車に乗っていた。ニールの奥さんアマンダは弁護士である。ニールがエリックとやっている不動産の開発仕事はまだ進行中で物件が売れていないので。あれは奥さんの稼ぎだね。

ザックはあれからすぐに戻って来たようであるが、15歳になったらもう少し社会における自分の立場を知らなければならない。ブライアンは前回よりかなり大人になり、自分から「何か手伝うことない?」などと聞いてくれる。他人を思いやり、自分から進んで出来ることをすることから大人の仲間入りが始まるのかと思う。

     

     

 

夕食の準備をしているとエリックが4ヶ月のエミリーを抱っこして「食材を持ってきたよ」と入ってくる。残念ながら今日は肉料理の予定はない。今日の夕食はこちらのユニットで開くことになり、全員が集まり乾杯。今日のメニューは私のパスタ風のオクラと納豆そしてえのき茸を入れた蕎麦、そしてマグロのフライを魚醤で味付けしたもの、バァージニアの残ったターキーなどなど。この蕎麦はアメリカ人を想定しないで持って来たので、納豆の味付けが彼らに会うか心配だったが、やはり好みが分かれた。納豆は外人には受けない。ハードリカを入れたカクテルに皆かなり酔っている。佐野さんが今日はエミリーを抱っこしている、初めて見る姿であるが明日覚えているかは別問題である。

大体、佐野さんの説教と原ちゃんの手品が出たらそろそろ、それ以上飲ませてはいけないと言うサインである。酔っていない私はブレーキ役であるが、こういう状態では、酔ったものが勝ちである。

食後、エリックがザヴィレジのバーに飲みに行こうと言い出し、私は飲めないので行かないが、佐野さん、エリック、シンシア、シンシアの友達のスエーデン人マリア、原ちゃんとまりちゃんが出かけることになった。すでにかなり酔っている佐野さんに「これ以上飲むと二日酔いだよ」と釘をさすと「11時には帰るから」と言う。

ビレッジは昨年新しく開発されたホテル、コンド、ブテック、レストラン、バー、グロサリーなどがあるヨーロッパ風の一角でアフタースキーの拠点となりつつある場所である。キャノンロッジが開いていればゴンドラがザヴィレジまで行っているが、今はゴンドラが動いていない。彼らによれば「1時間ごとに夜中の1時までシャトルバスが回っているので9時のバスで行けば良い」という。しかし出かけた彼らが9時15分くらいに戻って来た「どうも、まだ夜間のバスの運行は開始されていないようだ。送ってくれないか」と言うので送ってあげることに。車に乗ると、どうしても全員いっぺんに乗って行きたいようである。ビレッジは距離的にはわずか1キロくらいのものであるが、今日は連休の一番人出の多い日、パトカーも出ているであろうし、運転者である私はいくら酔っていないとは言い、こんなに騒がしい酔っ払いを定員オーバーの6人も乗せていくのは目立ち過ぎる。「2往復するから、何人か降りてくれ」という私の提案を「大丈夫だよ」と酔っ払い達は聞いてくれない。酔っ払いの“大丈夫”は“大丈夫でない”ことは酔っ払って居ない私が一番良く分かる。総勢7人で6人も酔っ払いを乗せている私の身にもなって欲しいものである。抵抗むなしく酔っ払いに屈して車を発進させるが、途中「私が2往復すると言うのに、君達が間違っている」という私の言葉にやっと彼らも納得してくれたが、その時にはすでにザビレッジはすぐそこ。ザビレッジに着くと私が思った通り、彼らを降ろそうと思っていた所にパトカーが止まっている。ここに至って彼らも私の主張が正しかった事をあらためて知るが、すでにどうしようもない、そのまま静かにパトカーをやり過ごし、少し先に行って彼らを降ろす。幸いパトカーの警官が気づかなかったので良かったが、私としては不愉快な出来事であった。

コンドに戻って食器の後片付けをしていると30分くらいで原ちゃんとまりちゃんがヒッチハイクで戻ってきた。元々、私が送った以上、11時になったら迎えに行ってやろうと思っていたので早々のご帰還に驚いていると、佐野さんから電話がはいり、ザビレッジで待っているので迎えに来て欲しいというのでピックアップに向かう。ザビレッジのバーには若い子が一杯で、踊りまくっていて年齢的に付いていけなかったようである。

     
 連休最後の記念撮影               父親ニールとエミリーちゃん           マリアとシンシア両手に花の佐野さん

 

翌朝、佐野さん、原ちゃんは思ったとおり二日酔いである。昨夜のことは反省しているらしい。それでもスキーヤーたるもの、例え吐きながらでもスキーをしに来たのでゲレンデに向かう。昨日までと打って変わり、今日は朝から帰る人が多いので駐車場も空いている。車をスタンピィーに止め、メインロッジのロッカーでスキーをピックアップして、いつもならロッカーに入れる普段履きの靴をそのまま持って滑り、スタンピィーの車に入れる。これでスタンピィーに直接滑り降りて帰れる。午前中11時までみっちりと滑って午後には帰途に付かなければならない。昨日比較的コンディションの良かったフォリストトレイルを滑るが今日はあまり良くない。リフトから見ていると、フィリストトレイルと同じ林の中、もう一本スタンピィー側にあるマンボというコースに地元のスキークラブの子供達や、スキースクールのインストラクター達がどんどん下りて行く。これは良いに違いないと行ってみると、人口雪で良くカバーされていて大当たりのコースであった。先に滑り出した私は、ほぼアイシーなスポットのない、良いコンディションに今期初めて気持ちよく滑れて止まれない。スキーのエッジが柔らかい雪をしっかりと捕らえている。かなり先に行って止まって「いいね!」と振り返れば二人が付いて来ていない。そういえば彼らが二日酔いであった事をついつい忘れていた。やがて追いついた二人もこのコースに満足そう。もうそろそろ上がろうかと思っていたところで、斉藤さん達に会う。ここはまた「一本、一緒に滑りましょうか?」である。私の今日のお勧めマンボを全員で滑る。私が先に行き、途中で全員集合するのを待つ。沼ちゃんが雪面に10センチほど出ていた木にスキーを引っ掛け、私の目の前で派手にこけた。幸いなんともなかったが、今の季節はこういう事があるので気をつけて滑らなければならない。しんがりを勤めるのは佐野さんと原ちゃん、斉藤さんが「はい、酔っ払いが滑ってきますので気を付けてください、ほら、右に左にふらふらしているでしょう」と解説を入れる。

そしてこの滑りを最後に私は2ケ月ほどスキーが出来ない。1212日にFundopulicationtと言う手術を受ける。これは私が過去1年半に4回、喉の手術を受ける原因になった胃液が喉に上がってくるのを防ぐため、胃の上部を狭める手術である。2日間入院して、その後2週間の自宅療養と言われている。

 

マンモスから帰って一週間、12月に入って急に冬らしくなって、やっとマンモスに待望の2フィートの新雪が降った。1週間早かったら良かったのだが、私が今度マンモスに戻ったときには最高の雪が待っていてくれることを祈る。今、佐野さんは招待でハワイに行っている。原ちゃんは日本。そして私は明日から入院して手術である。

私は雪山とスキー仲間からしばし離れ、1月下旬マンモスに戻れるまで THINK  SKIING ! 心でいつもスキーを思い過ごすことにする。

 

メリークリスマス、そして良い新年をお迎えください。 

 

完