笑顔でスキーを           小堺高志 2・15・03

12月に記録的な積雪をもたらしたエルニーニヨは1月になってから、すっかり、なりを潜めほとんど雪が降らない。

2月7日、正月以来、久しぶりにメンバー3人揃ってのスキー行きである。土曜日の朝9時から滑り出した我々は何時のように早目の昼休みのためマッコイステーションに入ると

入り口で嘉藤さんに会った。今週も彼が来ているとは知らなかったが今日も朝早くロスを出て来たという。まもなく嘉藤さんの友達ジョンとシンディの夫婦が合流する。私は先週既に彼らと会って紹介してもらって一緒に滑っていたが、先週来なかった佐野さんと原ちゃんは初対面。ジョンは世界で最も難しいと言われるオーストリアのスキー教師の資格を持つスキーヤーである。

午後から一緒に滑ると適切なアドバイスをくれる。さすがスキーを教えるプロである。嘉藤さんも日本とアメリカで教えていた人であるが我々はなかなかこのような人から本格的なアドバイスをもらえる機会がなかった。嘉藤さんと知り合ってからの今季はスキー仲間の幅が広がり、このような機会が増えたのである。正確に言うと二人とも既に現役を引退した元スキーインストラクターということだが、職業として教えるのでなく、スキー仲間としての笑顔を見るために教えるのが今は楽しいというジョンである。

スキーのテクニックやその教え方は常に変化している。十年前に使われた教え方は今日まったく違って来ている。とりわけカービングスキーと呼ばれる、先端とテールが極端に幅広くなったスキーが出て来てからはその滑り方と教え方は大きく変わっている。

カービングスキーが出てからは本などからその特性を活かした滑りを知り、試みては見ても本格的に教わった事もなく、それでいて、今までの自分の滑りにちょっとプライドもあり、カービングスキーを履いていながらその特性を充分活かし切れず、両足を揃えテールを流すという昔からの滑り方をなかなか崩せずに居たのである。

改めて教わったカービングスキーの滑り方とは、両足を揃えなくていい、テールを流さずスキーに乗って角つ付けをして廻り込んでいく、滑った跡は横滑りの跡のない二本の曲線となるという今までの滑りを否定するものであった。

ジョンが何度も滑って見せてくれる。最初は戸惑いながらもだんだんと滑りが変わって来て、しっかりと雪面を掴み雪に食い込む感覚が分ってくる。

スキーの後、嘉藤さんは明日予定があるとの事で直接ロスに戻るという。ジョン夫婦に「一杯飲みにうちのコンドに寄らないかい?」と誘うと我々の誘いを受け、夫婦が宴に加わる。

ジョンは48歳、アメリカ生まれだが5歳の時、両親の仕事の関係でロンドンに移り、やがてオーストリアの全寮制の学校に入ったというから、なかなかのお坊ちゃんである。そこはスイスに近い小さなスキー場の村で学校が終わると冬は毎日スキーをしていたと言う。そして小さな村にスキーインストラクターが足らず13歳から週末に各国から来る子供を相手にスキーを教えることになる。ヨーロッパのスキーインストラクターは同時に広大なアルプスのゲレンデを案内するスキーガイドでもある。当然英語の他にドイツ語、フランス語を話せなければならない。アメリカに戻っても東部のスキー場でインストラクターを続けていたが、スキーとバイクの事故で痛めた膝が悪化し現役を引退、近年やっとまた滑り初めたという。まだ無理をすると膝が痛くなるというが、今は趣味として楽しんで滑っていて、我々のようなスキー仲間にスキーを教えてくれる。なによりも大切な事はスキーを楽しむ事で、スキーヤーの笑顔を見るのが好きなのだと言う。

翌朝9時半にジョンとマッコイステーションで会う約束をしていて、8時15分頃スキー場に向かう。さてスキー靴を履こうとしたら佐野さんがシーズンパスを忘れたのでコンドに取りに帰ってくると言う。最近盛んに人の小さな物忘れを批判する佐野さんであるが、なかどうして佐野さんの病状もかなり進んでいる。昨日は出かけようとしたら私のシーズンパスがない。佐野さんを見たらしかっり私のパスが彼の首にぶら下がっていたのである。

原ちゃんと先にゲレンデに出て、5番リフトを滑ったりしながらマッコイステーションに着くとすでにジョン夫妻が入り口のチェアに座って待っていた。原ちゃんが「じゃー、佐野さんが来るまで休みましょう。」などとさっそく休もうとするが、先生が待っていてくれたのにすぐに休みはない。フェースを滑りながら佐野さんを待つことにする。2本ほど滑っているとリフトの上から佐野さんが声を掛けて合流。今日はグルームされた斜面は風がないので結構いいコンデションである。教わった事を注意しながら滑る。基本的には我々は既にある程度すべりは出来ているので、カービングスキーの特性を活かした滑りを見せてもらって、後について真似をするということになる。私の場合はポールの使い方と右ターン時の体重の置き方である。テールが流れてしまう。今は気をつけて滑っているが、やがて身に付けば考えなくても体がやってくれるようになるのであまり神経質になる必要はない。楽しみながら滑って少しずつ身に付けていけばいいという事らしい。

スキーは奥深い、どんなに上手い人でも滑っていて新たな感動と発見があるからまた雪の上に戻って来てしまうのである。さらに上手くなるには上手い人と一緒に滑る事であるが、そういう機会は私にはなかなかなかった。佐野さんや原ちゃんにしても私が目標であった時代は既に過去のことで、その意味今回は貴重な経験をさえてもらった。さっそく再来週も都合が付けばまた一緒に滑る約束をしたのである。

ジョンはアメリカ人ではあるが外国暮らしが永く、考え方としては無国籍の、根っからの国際人である。今でもアメリカ人より日本人に教える方が好きだと言う。アメリカ人はすぐに自分を出して自分のやりたいように滑り始める。それを個性と言うのかも知れないがスキースクールではそれでは困るのである。アメリカが世界で嫌われる今の世相が出ているような気がする。アメリカ人の一般的な性格は、良くいえば陽気、社交的、個性的なのであるが、悪く言えば自己中心、わがまま、頑固者である。我々は良い面からアメリカを見られるが、悪い面しか見られない世界の人も居るのである。国際紛争の解決策は全ての人が柔軟な考え方と公正な価値観を持った国際人になることであるが、それにはさらに100年200年の歳月が必要なのであろうか。

とりあえず必要なのはスキー ウイズ スマイル(笑顔でスキーを)というジョンの言葉どおり、何事も笑顔で過ごせば心に余裕が出来少し、ずつ良い方向に向かっていくと思うのである。

終わり