雪中の宴   2008年10月11日                 小堺 高志

 

今回はスキーのエッセイではないので番外編である。

久しぶりにスキーシーズンを前にマンモスに紅葉を見に行くことになった。

今期のマンモススキー場は11月の第二ウイークエンドにオープンする。スキー仲間 原ちゃんが今月末に長年の腰痛を解決するための手術を受けることになった。そして彼は「今シーズンはスキーは出来ませんよ」とドクターにいわれ、スキーシーズンを目前に今回が今シーズン最初で最後のマンモス行きになりそうな原ちゃんの残念会も兼ねた山行きである

 

月曜に一日休みを取っているので金曜日にマンモスに向かい、月曜日にエルエーに戻ることになる。

私の今回のテーマは「紅葉の中で、美味いお酒を飲む」である。実際は西海岸の紅葉は黄葉であり、ほとんど紅い紅葉ではなく黄色の紅葉となる。先日、マーケットで嘉藤さんに偶然会い、一週間前にマンモスにキャンプに行っきたそうで「先週はマンモスで15cm雪が降りましたから、今週末は最高の紅葉になると思いますよ」と聞いている。黄葉でもそれなりに綺麗な秋に接することができるはずである。

 

サンタモニカの佐野さんの所に行くといきなり「チェーン持ってきた?マンモスは雪だそうだよ」と言われた。え!チェーンは持ってきていない。前シーズンはあれだけ通っても一度もチェーンを付けていないのに10月中旬にそれはないでしょう。ともかく降雪確率80%だというから、残りの20%に賭けてチェーンを持たずにマンモスに向かうことにする。それに雪が降っても道路に積もって凍結しなければほとんどチェーンなしでたどり着ける。

10月に入ってからの極端な株価の暴落で、老後の資産を入れている私も少なからぬ打撃をうけているが、退職時までに戻ることを祈って今は自然との接触を楽しむしかない。マンモス行きは最高の気分転換である。

 

メキシコとの国境の町、常夏のエルセントロから参加する菊池さんとビショップで合流する。

夜中の11時ごろビショップを過ぎるとぱらぱらと今期初めてみる雪が降り始めた。降り始めたばかりだからマンモスまではチェーンなしで行けるはずである。

やがて道路が白くなり、マンモスの市内に入った頃には本当にチェーンの心配をしなければならないほどの本格的な降りになってきた。この時期にはあまり訪れる人もいないと思ったのにシャモニーの駐車場には他にも何台か車が止まっている。そして5CMくらいの積雪があたりを覆い、真冬のような雪景色が私達を迎える。

 

夜中の12時半について、今回は翌朝早く起きてスキー場に向かう必要がないので、3時まで宴会となる。

 

翌朝、起きたのは10時。外は真っ白であるが、雪は止んでいる。

菊池さんの運転で、まずはメインロッジを通りこした所にあるデビルス ポスタイルに向かう。火山岩が造った日本の東尋坊のような奇景の岩のあるところである。しかし雪のために道路が閉鎖されていた。展望台で写真だけ取って次の候補地コンビクトレークに向かう。私は少し歩いて紅葉の眺めの良い所でお酒を飲めたら満足なのであるが、着いてすぐ痛み止めを飲んでいる原ちゃんが気分が悪いと言い出したので原ちゃんをコンドに送り返し出直すことになった。

時間はもう午後になってしまったが、なかなか酒宴を開くことができない。

   
朝の雪景色                    デビルスポスタイル               コンビクトレーク

原ちゃんを降ろしてマギースクリークに行く。ここは谷であるが上に登るといくつかの湖がある。しかし我々は今回は1マイルほどの山歩きで最高の酒宴場所を探すのが目的であり、山頂を目指すのが目的ではない。車を止めてバックパックに持ってきたワインとビールを入れる。

小さな清流にそって登ると流れの両側に立つ広葉樹林が黄色に紅葉している。何箇所か候補地を探しながら歩く。雪が降ってきた。辺りには昨日降ったと思われる雪がすでに地面を薄っすらと覆っている。

酒宴に適した場所を探しながら流れに沿って足を進める。駐車場から1キロほど来たであろうか、やがて、流れのすぐ横に狭いながら綺麗な場所を見つけた。今日はこれ以上の場所はないと思える最高のスポットである。

早速にワインをあけ、岩と倒木の上に腰掛けてワインをグラスに注ぐ。2メートルほどの幅の清流が流れるすぐ横で、あたりは黄葉の木々に囲まれこの時のための酒宴のステージは完璧である。乾杯!

ワインが喉を擽りながら流れこむ、美味い、アルコールが体内に吸収されていく。

お酒の美味さは何処で、誰と、何を飲むかで決まると思っている。今日のシュチュエーションは私的には80%というかなりの高得点である。佐野さんがつっつく「ここに原ちゃんがいたら何パーセント?」「81パーセント」ははは。

でも心から早くの復帰を祈っているからね。


  
 

紅葉した葉が河を流れていく、あるいは流れの側にとどまっている。

雪が優しく降っている。周りは清流の流れと、黄色の木々、そして雪景色である。手元に置いたワインのグラスの中にいつの間にか紅葉が一葉、落ちていた。さらに雪がグラスに降り注ぐ。この落葉と雪がワインのうまみを増すのである。ワインを注ぎながら佐野さんと菊池さんのグラスにも故意に紅葉を一葉、浮かべてあげる。

自然の中で飲む雪見酒は最高に気持ちよく酔いが回り、さらに酒量が進む。すぐにワインは一本空き、飲み物は予備に持ってきたビールに変わる。寒さを忘れて飲んでいたが、考えれば真冬の雪山で冷たいビールを飲んでいるわけで、山の麓とはいい、ありえない事をしている。そのビールも残り少なくなり駐車場に戻ることにする。

途中でサングラスを置いてきたことに気づき取りに戻るが、早足で歩くと先ほど飲んだアルコールが廻ってくる。口が軽くなり、缶ビールをまわし飲みしながら紅葉の中を歩く。狙い通りの最高の酒宴であった。


  

  

    
ぱらぱらと雪と紅葉が落ちる自然の中でのいっぱいはなんとも言えない美味さ
 

コンドにもどり、夕食の準備にかかる。今日はイタリアン豚肉丼である。豚肉をオリーブオイルとにんにくと唐辛子でいため、キノコ、ピーマン、そしてホールトマトの缶詰をいれる。塩で味付けして、それをご飯にかけて粉チーズをたっぷりとかけ、バジェルを沿えてできあがりである。簡単にでき、最近私のお気に入りの一品である。

そして夕飯のそれに添えるお酒は私が今夏、日本に帰って持ってきた新潟の名酒の最高ランクである久保田の萬寿である。イタリアン風に味付けした豚肉が意外に日本酒に合うのである。冷で飲む日本酒はうまい。日本酒は何処で、誰と、何を飲むかにさらに何を肴に飲むかが加わる。今日二回目の美酒である。気の置けない仲間と飲む酒は美味く、酒好きにはたまらない一日であった。

美味い酒を飲むのは量ではない。最高の演出で気分を高揚させることで酒は美味くなる。日本酒でも、ワインでも、ビールでも、お酒は飲む状況で甘くもなり、苦くもなる。

いつまでも健康で最高の酒を最高の状況で飲み続けたいものである。

 

日曜日、雪を降らした前線も去り、今日からは快晴のはずである。遅い時間に起きだし、一日が始まる。菊池さんは明日仕事なので今日我々より一日早く帰ることになっているが、午後までは一緒に自然を楽しむつもりである。

まずはビショップまで下って、そこから山に入りノースレークに向かう、途中はかなりの山道で、なおかつ雪道であるが、凍結していないし、道路は勾配がないのでゆっくりと進む。

紅葉はまだ少し早いようであるが、時たまある紅葉が雪の白さに引き立てられ、それなりに美しい。釣師原ちゃんが雪面に足跡を残して、湖に向かう。その後を私と佐野さんが追う。原ちゃんの釣りを見ていると、菊池さんは靴を履き替え、用意万全の冬山登山の格好でずいぶん後から私らに追いついてきた。駐車場から湖の畔までは100メート−ルほどであるが、確かにここは雪山である。

やっと合流した菊池さんに、「じゃー、次のところに行きましょうか」と冷たく言い放つ私。靴を履いての準備の時間と、その靴で歩いた時間は同じくらいか。

  
ノースレークに向かう、雪と紅葉は最高の組み合わせである
 

次に向かったサウスレーク、例年ここに行く途中で美しい紅葉を見ているが、今回は少し早かったようである。原ちゃんを魚釣りの出来る駐車場の近くのポイントに落として、我々3人はトレールを少し歩いて見ることにする。ここで初めて菊池さんの装備が役に立つ。

ゆっくりと10センチほど積もった雪道を登っていく。右手の下方にサウスレークの湖を眺めながら昨日と打って変わった青空の下を気持ちよく歩く。途中で休憩してビールを飲む。トレールは何処までも続いているが、ビールの残りが少なくなった所が私達のターニングポイント、折り返し地点である。今日も距離にしたら1キロも歩いていない。下り始めるとハイカーとすれ違う。100メートルほど下りた所で「何処まで行って来たんだい?」と、来ましたよ、今日は聞きたくない質問。 佐野さんが正直に「100ヤード先まで」と答える。苦笑いされてしまったが、実はこの道、何処までも山の中を続き、シェラネバダ山脈を1週間もかかって縦断する有名な ジョン・ミア・トレールへと続くのである。よって日帰りハイカーから本格的な雪山を登る山男までが通る道である。今日の我々は山歩きではない、散歩である。

だから我々の格好といったら、菊池さんは丸一日山歩きしても良いほどの装備、佐野さんはリュックを背負ってはいるが、中身はビールだけである。そして私は手ぶらで荷物なしという軽装で雪山を舐めた格好である。佐野さんが「こんないい天候で雪道を歩けるんだから感謝しないとね」と新潟と北海道という雪国生まれの二人を差し置いての発言。「俺達、物心ついたときから雪道は歩いていたもんね、意味わからない」である。

  

  
10cmほどの雪の中、サウスレークを眼下に眺めながら近くを散策する。

駐車場に下りて原ちゃんを呼んでワインを開ける。菊池さんがその場でお湯を沸かして焼酎のお湯割を作ってくれる。

菊池さんがマーキング(動物達が自分のテリトリーの主張のため匂いを残す行為)に行く、この場合のマーキングとは白い雪の上にある種の液体で黄色のマーキングをすることであるが、大男の菊池さんのマーキングは熊もびびって退散するマーキングであるそうな。

そして、明日仕事の彼はここで我々と別れ一足先に下界に帰る。せっかくマーキングしたのにね。

  

  
サウスレークにて、風景がいいとすぐに飲みたくなるそしてやっぱり美味い

 

ジャグジーに行くと完全な我々の貸切である。今夜は満月。

  
貸切のジャグジー、空には満月、馬鹿やってるのは原ちゃんだけですが、彼も今期は見納めか。

 

3日目の朝、天候は良いが温度が低く魚釣りには厳しいと、ゆっくりとジューンレーク方面の紅葉を見て回って帰ることになった。ジューンレークはマンモスと同じ経営で我々の持つシーズンパスで滑れるのであるが、もうずいぶん行っていない。

スキー場を通り越して、そのままハイウエー395号に抜ける。紅葉はまだ2週間くらい早かったか、という感じである。確かに広葉樹林がたくさんあり、これから美しく紅葉しようかという林が方々に見られる。395号線を走っていたら、鹿が5頭道路を横切ろうとしている。ブレーキをかけて渡してあげようとしたら、Uターンをして、戻ってしまった。この辺は野生の鹿に注意の道路標識がそこら中にあるが、なかなか遭遇する機会はない。写真を撮れなかったのが残念である。人の目に野生の動物が触れるということは必ずしも良いことではない。彼らのテリトリーが人間に侵略されているという事である。彼らも人間が残したマーキングに戸惑っていることであろう。

鹿に優しい自然は人間にも優しいはずである。

   
まだ今一の紅葉と、 モノレーク。        帰りに見たエルエー郊外の山火事、この後さらに燃え続け大きなニュースになった

来月にはスキーヤーとしてマンモスに戻ってくる。自然の中に少しだけ混ぜてもらい、スキーをして、時には自然の中で一杯飲ませてもらえたらいい。都会に住んでいると自然に触れることが贅沢になっている。この自然を大切に、次世代に伝えなければならないが、人間は確実に自然を破壊し続けている。もっと多くの人に自然の中で食べ、飲むことの素晴らしさを知ってもらいたい。