レトロなスキー場    2011年3月17日

 

今月は2回マンモス行きの機会があるが私は3月半ばの予定には家内が日本に帰国する為、猫の世話で参加できない。次の予定は3月25、26日となる。

 

その間、先週に続いて今週もローカルのスキー場に行って見ることにした。最初は友人のロブが行けるかもしれないと言っていたが結局前日にいけないと連絡があり、一人で行く事となった。

 

行き先はマウントバルディーというスキー場で、家から1時間半でいける近場である。ローカルのスキー場はすべてエルエーの北側に連なるサンガブリエル山脈の中にあるが、標高は大体2100メートルから2600メートル位である。ここのマウントバルディーはその中でも西側の比較的近くに位置し、やはり昔何度も通ったスキー場である。

 

8時に家を出て、フリーウエーを45分ほど走るとフリーウエーを降りて谷を山に向かって登って行く。山道に入ると途中にはスキーヤーでない雪見客が多く、道路の端に車を止め、雪遊びをしている。スキー場の駐車場の手前数マイルはかなり急な登り坂である。

 

車を止めて、チケットラインに並ぶがなかなか進まない。やっとチケットを買ってここから一本長いリフトに乗り上がるとそこがゲレンデになる。雪の量が多いときは下の駐車場まで滑り降りて来れるが、今日は方々に岩が出ていて帰りはリフトで下り駐車場に戻らなければならない。



 

上でこのリフトを降りると左に行くリフトは初心者用。右側が上級者用で中級者向けの斜面がほとんどないのがここのスキー場の特徴でもある。

10数年ぶりに来たが相変わらずの古い二人乗りのリフトである。時にはその腰掛部分の横木が取れて壊れていたりする。二人乗りのリフトであるから、毎回知らない人と一緒に乗せられる。山頂までその都度初対面の人と話し続けるのは最初は良いがだんだん面倒になってくる。確かにアメリカ人は話し好きで良く話す。いろんな人に会う。

 

ローカルの山であるから近場からの人がほとんどであるがサンディエゴからの人も居た。15号線で来れば2時間くらいでこれると言う。片言の日本語を話すシアトル出身のスキーヤー、オレンジカウンテーのサーファー、スキーパトロール、すぐ麓から通うスノーb−ダー。初めて会ったタイ人のスキーヤーはさすがにスキーをするタイ人は彼の回りにも数人しか居ないそうである。

 

リフトはがたがたと相変わらず遅い。スキーパトロールの人に10年前からリフトも何も変わっていないといったら、「ここは元々2人のオーナーが持つ個人経営のスキー場だが、昨シーズンからもう一人オーナーが増え、その人がお金を出して、去年からは人口雪を作る設備を大幅にアップルレードさせた。来年からは徐々にリフトも建て替えて行く予定だ」と言う。



 

このスキー場の上級者用のリフトからは5コースくらいの下り方がある。一番右から段々と緩斜面となって言うので私の滑る斜面は基本的にはこの3本しかない。

右の一本は整備された長い急斜面。真ん中はボール()になっており瘤が出来ている。3本目は上は急だが後半は中級者斜面となる。

 

これらのコースを変えながらすべる。最初は一気滑りをしていたが軽く流せるコースではない。段々と疲れて来ると途中で止まるケースが増えてきた。

 

山頂からは北側にいつもマンモスに行く時に通るモハベ砂漠が遠くに見える。南側は今日は曇っているが晴れていればエルエーのほぼ全域とその向こうに太平洋のコーストラインが見えているはずである。

 

と、ここまで書いて北日本大震災が起きてしまった。

大震災の私なりの文章はこのスキー三昧のトップサイトから入る「その他」の中、「傷ついた祖国」に書かせていただいた。

 

小堺