もう一本          2009年4月6日      小堺 高志              

 

早いもので2009年も4分の1が終わり、日本では桜の季節、4月最初の週末となった。    

すっかり春の気配であるが、まだまだマンモスには雪はある。前回ご一緒して、「空きがあったら誘います」と言っていた某航空会社の前木さんに声をかけたらすぐに「参加させてください」との返信。せっかく友達になった前木さんであるが、残念ながらすでに5月の帰国辞令がでているそうで5年半に渡る長い単身赴任の海外生活を終え、やっと人並みに家族の住む自分の家から仕事に通うサラリーマンに戻るそうだ。

 

さて、しばらく通風でスキーから遠ざかっていた佐野さん、すでに今回の発作が出て2ヶ月くらいになるがやっと収まってきたそうで、「止めときなさい」と言う私の忠告も聞かず、マンモスに行くというので、前木さんを飛行場でピックアップした後、サンタモニカの佐野さんの所にいく。久しぶりに見る佐野さんであるがまだ少し左足を引きずっている。発作が出てしばらくして、すでに予約を入れてあったメキシコのリゾート地イスタバアに1週間松葉杖を突いていって来た。こうなると意地であるが、空港ではVIP待遇で職員が車椅子を押してくれ、特別なゲートから待つことなく乗り降り出来たという。しかしその状態でも“リゾート”に行くのが凄い。

飲み放題、食べ放題のリゾートで、ひたすら果物シュースを飲み続け、ポテトと人参を食べ続け、プールサイドか浜辺の椅子から動かなかったという。それでもドリンクを取ったり、トイレに行ったりはしなければならない、その時砂浜を松葉杖で移動するのは杖が埋まってそれは大変なのだそうだ。「這っていくわけに行かないしね」と、なんとも、“優雅”なリゾートであったらしい。

 

このところ、夏時間になり、すっかり日が長くなって7時半ごろまで明るい。今日は薄っすらと白く見えるシェラネバダ山脈の上にかかる雲の切れ目に半月と星が輝く夜である。車中では酒、カクテル、ビールと飲む話が弾み、もうすっかりバケーションモードでマンモスについてたら飲む気、満々である。

 

11時にマンモスに着くと、ぱらぱらと雪が降っている。

明日の食事の下ごしらえをしながら、ビールを飲む。佐野さんは2ヶ月ぶりのビールをを少しだけ飲んで感激している。つまみが出来き、菊地さんも着いたところでワインを開ける。

私は飲みながら明日の夕食の下ごしらえにかかる。今回のメインは豚肉の角煮である。脂身の付いた大きな豚肉の塊を出発前日すでに6時間煮込んできている。

それをさらに煮込んで何度も丁寧に油を取り除く、するとコラーゲンと良質タンパク質が残る。それを四角く切り、いよいよ醤油、紹興酒、黒砂糖、にんにく、生姜、蜂蜜を入れて作ってきたソースを加えて煮込む。一度火を止め、冷蔵庫に寝かせる。翌朝表面に油が固まって浮いてくるはずである。それを丁寧にとる。食べる前にもう一度浮いた油を取りながら煮込んで出来上がりである。私のかってない8時間をかけた料理となる。

 

朝起きると素晴らしい青空が広がっている。外の気温は氷点下5度くらいである。佐野さんは菊地さんと遅れてくるというので前木さんと先に歩いてキャニオンロッジに向かう。5cmほどの新雪で薄化粧したゲレンデは無風状態である。やはりカリフォルニアのスキーは青空の下でなければいけない。しかしやはり5cmの下には硬い雪面がある。

 

5番から裏側の斜面におり、9番リフトの乗り場まで滑る。所々アイシーな場所があるが、この時期としては充分なコンデションであろう。9番リフトはマンモスで一番長いリフトで、前木さんにとり初めての場所である。

 

スタンピーに抜けて何本か滑り、一度山頂に行き、中腹にあるマッコイステーションに昼前にいくと佐野さん、菊地さんの他に斉藤(太い)さんがいた。久しぶりの斉藤さんは今日も早朝3時にエルエーを出て、朝一番から滑りだしたそうであるが、一人でここまで運転して滑りに来るのがすごい。凄いといえばメキシコとの国境の街エルセントロから毎回片道8時間一人で運転して参加する菊池さんも凄い。今回マンモスに来ているがお客さんと一緒のため別行動の嘉藤さんも頻繁に一人マンモスまで来ている凄い人である。ともかく私の周りにはスキーの為なら長時間の運転もいとわないスキー馬鹿が大勢いるのである。斉藤さんが漬物とお稲荷さんを作って持ってきてくれていたのでご相伴にあずかり、代わりに夕飯に招待する。持参のオレンジはまたまた糖尿のおしっこをかけて裏庭で甘く育てたという自慢のオーガニックオレンジである。


マンモスのマスコットであるウイリーがどうしても私と写真を撮りたいというのでしょうがなく一緒に写真に写ってやった。これは斉藤さんの戦略に乗せられてつい、いい年をしてウイリーと写真を撮ってしまったのである。斉藤さんの「ここはウイリーに頼まれて撮ったことにすれば大丈夫ですから」、などと甘い言葉に乗せられたのであるが、これには他にもいろんな説があり、ウイリーが私と写真を撮ってくれと
言ったウイリー犯人説。斉藤さんが私を煽った、斉藤さん犯人説。そして最後に私がウイリーを押さえつけて強引に写真を撮らせたという、まことしやかな私犯人説。一番最後の説はまったく、とんでもない事である。しかしどの説にも斉藤さんの黒い影が見え隠れする。なんといってもこの写真は斉藤さんがシャターを押したのである。


わずか5cmであるが新雪                  山頂にて



前木さんと斉藤さん              ウイリーと                   タバコを吸う不良おじさん達
 

午後からマッコイステーションの前にあるフェースの裏側を中心に滑る。今日はこのコースが一番雪の付きが良い様である。佐野さんは無理をせず、すぐに休憩に入る。今日はマッコイまでたどり着いただけで充分であろう。

いつものウェストボールにバンプが出来ている。まだ少し硬いと思いながらも行って見るとやはり硬い、腰に来る、疲れる、体力のなさと技術のなさを感じる。今日は硬い瘤に完敗である。

5番リフトで一度斉藤さんと別れ、そのままキャニオンロッジに戻るという佐野さん、菊池さんとも別れ、前木さんとローラコーストを下りてみる。緩斜面で雪が付いているのでエッジが利く。前木さんを右に見ながら並んで滑る気持ち良い一本である。キャニオンロッジに向かう途中アクトの瘤斜面はやはりまだ硬くて手ごわかった。アクトの下から雪がスプリングコンデションのざら目雪となる。私は固い雪よりこの春先の雪が好きである。気分が良くなってもう一本、今度はアクトの斜面を避けて、ざら目雪の中でのショートターンが面白い。

私のリクエストで8番リフトをもう一本。さらに前木さんのリクエストでキャニオンエクスプレスをもう一本。3時半にあがって、宿のシャモニーに戻る。


 
 

菊池さんの持ってきたDVDの映画「シェーン」を見ながら夕食の用意をする。豚の角煮のほかに、鶏肉の香料ワイン煮、なすの甘味噌炒め。サラダ、味噌汁である。

むかいのコンドにサンディエゴからシンシアとリサそしてリサのボーイフレンドが来ていて挨拶に顔を出す。今回シンシアの旦那エリックは来ていないが、エリックは2年前マンモスで複雑骨折をして、もうスキーはできないだろうと言われていたのに、今は、スキーを出来るほどに回復していのるそうである。

斉藤さんも加わり、「シェーン、、カムバーック!」の名場面も見たところで炒めた鳥肉に赤ワインをハーフボトル入れて弱火にしてジャグジーにいく。ビールを飲みながら湯に浸かるリラックスのこの一瞬、今日一日の疲れも、日ごろのストレスも吹っ飛ぶ。頭上にはまだ青空が広がっている。

 

夕食にワインを開ける。手間をかけた豚の角煮は評判が良い。

斉藤さんが話す。昔、横浜に佐野さんも知る日替わりで名作を上演する名画座映画館があった。そこでは黒澤明などの映画を上演しており、そうそうたる名監督の作品の中に無名監督の気になる題名の映画を見つけた。『チベット』。題名からして見るからに 神秘的で名作っぽい。早速チケットを買って、勇んで映画館に入ると客は斉藤さんを入れて5人。少し嫌な予感がしてきた。しかし世に出ない名作は多々ある。やがて映画が始まりチベットの壮大な風景の中にあるお寺が映し出される。これはなかなか期待できるかも。厳粛な雰囲気のなか僧侶達がお経を読み始める。ここから黒澤明ばりのストーリーが始まるはずである。

お経のシーンが続く・・・・・・・・お経のシーンがつ続く・・・・さてそろそろこの辺から新たな展開が、と期待するが、相変わらずお経のシーンが続く。

客は一人帰り、二人帰り・・画面ではなお経のシーンが続いている。

そして永延と続いたお経の後 “完“  「え?」

周りを見ればいつの間にか観客は斉藤さんだけであった。斉藤さんのほろ苦い青春の、貴重な一日であった。

あの日があるから今の斉藤さんがある、このお経は斉藤さんに偉大な影響を及ぼした物と私は読んだ。


 
 

日曜もいい天気である。今日は滑らないという佐野さんを置いてゲレンデに行く。

前木さんは今日は疲れと二日酔いか、あまり元気がない。

今日もローラーコーストからスタートする。ここは中級者コースで右左に楽にターンを切りながら気持ちよく滑り降りていける。朝のうちはかなり冷え込んでいる、それからだんだんと午後にかけて温度が上がっていくが、それまでは雪が硬くエッジの利かないところがある。

それでも今日の雪質の方が少し良いと感じるのは無風のせいと、日曜は土曜よりスキーヤーが少ないので、そのグルームされた柔らかい表面の雪がスキーやスノボーで飛ばされることなく残っているからだろう。不整地の斜面に少しだけ挑戦してみたが、何時もの滑り易いレッドウイングの瘤も硬くて跳ね飛ばされてしまった。やはり今の季節は朝のうち不整地を避け、グルーム斜面に留まるスキーが正解のようである。



 

残り物で昼食を済ませ、珍しく12時前に宿のシャモニーを出発する。いつもより早く出たのは訳がある。今日は佐野さんのリクエストでビショップの南にあるケロッグ温泉に寄って短時間ではあるが、通風の湯治をしていく。1時に温泉に着くと、春休みのせいか家族連れでこれまで見たことがないほど混んでいる。来るたびに経営が成り立つのかと危ぶんでいたが今日位の人数が入っていたら安泰であろう。手軽にスキーの帰りに寄れる温泉として何度か利用させてもらっている。ぜひ存続させて欲しい温泉なのである。アメリカで初めて温泉に入ったという前木さんもご満悦の1時間であった。

 

395号線をシェラネバダ山脈を右手に見ながら南下する。雲ひとつない快晴で雪山がまぶしい。春の訪れを知らせる蛾が車の前面にぶつかりウイインドーを汚す。南に行くに従い春の香りが強くなってくる。