キャセドラ・ピーク         9・18・02

カリフォルニア中央に位置する有名なヨセミテ国立公園内の西側にあるキャセドラ・ピーク周辺への山歩きを誘ってくれたのは元ヒマラヤ登山隊のメンバーであり我々の釣りの師匠でもある頼さんであった。最初私はあまり乗り気でなく一度は断ったが、来月マウント・ウイットニーに行く計画が既にあり、その足慣らしとスキーシーズンを前に「距離的には4マイルくらいかなー、そんなに登りもないし、トレーニング不足の高志にはちょうどいい距離じゃない」と痛い所を突いて来る頼さん。「あの美しい風景を是非、高志にも見せてあげたい」と、今回の山行きはさも私のためにセットされたかのような誘いに私もその気になり出発の前日に参加を決意。

当日、気分はすっかりヨセミテの私に頼さんから、急にいけなくなったとの連絡があり「えっ!頼さんを頼りにしていたのに」

かくして私は佐野さん、原ちゃんとマンモスへ向かい、マンモスで一泊して東側ゲートからヨセミテ公園に向かうこととなった。今回の登山隊長は最近山歩きの多い原ちゃん、前日3時まで飲んでいた原ちゃんに明日の計画を聞けば「目が覚めた時が出発で、行ける所まで行って帰ってくる、これで良いんじゃないですか」とかなりいい加減な隊長である。

翌朝遅い出発であったが、無風の秋晴れである。

ヨセミテ公園の中心はヨセミテ・バレーであり、西側からの渓谷への入り口はいつも混んでいて車が数珠繋ぎであるが、モノ・レークから入る東の入り口はどちらかといえば穴場で混んでいない、車もスムースに進んで行く。

1時間ほどでトゥルム・メドーに着きヨセミテを世に広く紹介したジョン・ミラー・トレイルの入り口近くに車を停める。午前11時、道路にはすでに沢山の車が停車している。

各自山歩きの準備にとりかかる。私も来月の山歩きに備えて幾つかの新しい装備を持ってきている。見れば佐野さんも原ちゃんも登山用ストックが2本の二刀流である。私はそんな裏技は知らなかったので一本しか用意していない。これは最初から4本足の獣と3本足の人間くらいのハンディーがある。3本足の人間は煩悩が多くてだめである。

ジョン・ミラー・トレイルをキャセドラ・ピークへと歩き始める。キャセドラ・ピークは車を停めた120号線の道路からすでに山頂が見えている。一対の角のように見える鋭角の双頭の山頂である。さてその登山道入り口に立ち、案内板を見て絶句、確かに頼さんの言ったように ”キャセドラ・ピークへ3.4マイル”となっているがそれって、往復だと7マイルと言うこと?ちょっと頼さん、初心者をもてあそばないで!と言いたくとも私を誘いその気にさせた本人が来ていないのだからまいってしまう。

ともかくちょっと頼りない隊長、原ちゃんを先頭に最初は針葉樹林の松林の中を行く、すぐに何時ものように登りに強い佐野さんが飛ばして先行馬となり逃げ切り態勢でどんどん行ってしまう。私と原ちゃんはゆっくりと、後になり先になりしながらマイペースで進む。彼らを見ているとやはり二刀流の方が楽そうに見えてしまうが、追い越して行く人たちを見ればやたら軽装である。半ズボンと Tシャツで子供を肩車したお父さんが我々を簡単に追い越していく。そんなのに追い越されると「うそー」と思ちゃうのであるが、見た感じ凄くゆっくりとしたペ−スで歩いているのにスピードが速いと言うことはコンパスの長さに原因があると、思いたくはないが思われるのである。

2時間ほど緩斜面を行くと左手すぐ近くににキャセドラ・ピークがみえる。ここから山頂までは300メートルくらいであろうか、この角度からは山頂が針のように鋭角に空に突き出して見える。その山頂にロック・クライマーが今まさに登頂し狭い岩の上に立ち上がって下界を見下ろしているのが肉眼で見える。さぞかしいい気分であろうとは思うが東京タワーの上に立っているのと状況としては同じに思える。私としては見ているだけでも足がすくんでしまうので、たとえ出来ても景色を楽しむ余裕も無く、ひたすら山頂をめざすロック・クライミングは私にはむかないようである。山頂を目指すよりその過程を楽しめる余裕のある登山が良い。しっかりと大地を踏みしめる山歩きだけにしておこう。

 

キャセドラ・ピークを回り込むように進むとキャセドラ・レークに出る、ここで昼食にする。持ってきたサンドイッチを食べながらしばらく休憩する。ここからしばらくトレールからはずれ、眼の前の峠をトラバスをしてキャセドラ・ピークの反対側を小川沿いに下れば車を停めた場所に戻るはずである。この峠越えが今日一番の苦しい登り道、なかなかここからが下りという地点にたどり着かない。ゆっくりと前を行く佐野さんを追うこととなる。その私を原ちゃんが追う。やっと佐野さんに追いついた所が峠の頂きであった。そこは眼の前にキャセドラ・ピークの東壁がみえ、その岩場をロープを使って登る12人ほどのクライマーが蟻んこのように見える。双眼鏡を使ったらさらに良くみえる。真下近くで見る岩登りは迫力がある。それでもここは同じヨセミテの有名なエル・キャプテンの垂直な岩場と較べれば子供騙しである。エル・キャプテンの岩場は3000フィートあり60年ほど前、最初に登攀したパーティーは45日を費やしたと言う。今でも登るのにだいたい15日かかるというが、その間ほぼ垂直な壁面以外なく、寝るのも簡単ベッドを空中にぶら下げて寝るというサーカスまがいの登山となる。上には上の難度の高い所はいくらでもあるのである。そして超人もいる。世界的なロック・クライマーはこれをつい先日14時間で登り切り新記録をたてた。

峠を登りきるとそこからは下りなので楽であるが注意しないと膝には登り以上に負担がかかる。一本道なので迷うことはないと思うが時たま先頭を歩いていると二手に分かれた道にどちらを行ったら良いか分らなくなる時がある。そんな場所にはかならす石を積み重ねた道しるべがある。

『もー、着いてもいい頃でしょう、これでまだ着かなかったら何処かで道を間違えたかな?』と私が思い始めた頃見覚えのある場所に出て、車にもどることが出来た。トータルで約8マイルの山歩きであったが思いのほか身体は何処も痛くない。

車を移動させてレンバート・ドームと呼ばれるお碗を伏せたような山の真下に駐車する。ここは150メートルほどの高さの岩山で、格好のロック・クライミングの訓練の場となっているようである。車から下りて少し斜面に向かうとピクニック用の椅子、テーブルがある。そこに座って見ていると、やはりここは何かがたらない。気が付けば目の前にアイスボックスを積んだ私の車が止まっている、アイスボックスには冷たいビールが入っている。とりあえず乾杯!すぐにもう一杯。

夕暮れの迫る岩山を見ながらの一杯は美味い、もちろん二杯目も美味いのである。遠方に先ほど回りこんできたキャセドラ・ピークが顔を見せている。風もなく、寒くも暑くもない、あたりは静かに暮れていく。

こうして持ってきた1ダースのビールは夕闇の中へと消えたのであった。

終わり