雪山と赤信号              file#6-6-00

佐野さんから今季最後のスキー行きの誘い。彼は先週末、メモリアルデーの3連休にもマンモスに行き、月曜に帰ったばかりである。 今年のマンモスはあと2週間、6月18日が最終日だそうだ。もう一度行くなら早い方がいいだろうと、頼さんを誘ってのマンモス行きとなった。

金曜の夜中12時ごろマンモスのコンドに着くとすでに一卵性双生児のロバートとゲーリーがリサという女の子と我々の2ユニット隣にチェックインしていた。ロバートとゲーリーはデザイン事務所でアルバイトをしながらこの5月に学校を終え、二人ともサンフランシスコに就職が決まり ,いわば就職前の卒業旅行である。この二人は12歳位から私らについて何度かスキーに行き、私のスキー門下生でもある。

二人とも高校の頃から美術で特出した才能を現わし、数々の賞を受け、雑誌などでも取り上げられ、今回大学を終え就職するにあたり、ニューヨークの有名デザイン事務所等、方々から好条件で勧誘されたそうだが、結局二人はサンフランの競争関係にあるデザイン事務所にそれぞれ就職を決めた。一卵性双生児として生まれ、ずっと切磋琢磨して来た二人は今後も良きパートナー、良きライバルとして一緒に進む道を選んだようである。ゆくゆくは自分達のオフィスを持つつもりで、才能に恵まれた彼らはこのまま伸びれば将来が約束された人生である。

今回スキーをするつもりで来ているのは私と佐野さんだけなので、土曜の朝、2人でゲレンデに出る。さすがに朝からぽかぽかと暖かく雪は柔らかい、しかし一部モーグルがあり、まだまだ十分楽しめる。

私は3週間ぶりのスキーであり、その間風邪などで、今回はまったくと言って良いほど運動をしていなかった。2週間は良いが3週間運動をしないとゲレンデに立つとかなり下半身が弱っているのが分かる。途中で休んでいると、何度か見た80何歳の老スキーヤーが降りてくる。“エー嘘でしょう?”、前回ミルカフェでみかけた時、よぼよぼと歩いていたはずのお爺さんがスキーを履いたら60歳にしか見えないスキーをしておられる。この歳でスキーに来ると言う事はよほどスキーが好きで若い頃から滑りこんでおり、かなり滑れた方であろうとは思っていたが、若いころのスキーを懐かしみに来たといった過去形でなく、まだまだ現役のスキーヤーであった。

今や全米でまだオープンしているスキー場はマンモスの他には1−2ヶ所しかないはずである。この時期スキーをしているのはレースチームの強化合宿か、よほどのスキー狂い ,そんな中でも、80代のスキーヤーを見るのはスキー場でオリンピック選手に出会うよりも珍しいことである。

今日はシーズン最後のスキーである。昼にはあがったが、最後だけしめる。メインロッジに向かい佐野さんと並んで滑り降りる。ゲレンデの下でシーズン最後の恒例の握手と挨拶。「御疲れさん、来シーズンも宜しく!」

リフトのすぐ下に朝釣りに行った頼さんが迎えに来てくれた。

一度コンドに帰って、ランディー レイクに釣りに向かう。すっかり春めいて、雪があるのは道路から遠く離れた山の上部だけである。森と草原の緑が美しい。車で30分ほど走ると有名なモノレークの辺に出る、さらにいくとこぢんまりとした街がある。運転していた佐野さんが目ざとく双子達のレンタカーを見つけ止まる。レストランでランチを取っていた彼らを見つけ、我々もランチとする。今日は双子の24歳の誕生日だそうで、覚えていた佐野さんが彼らの分も払ってあげる。彼らをしばらく待たせ、一緒にランディ レークに向かう。メイン道路の395号線からはずれ、しばらく山間部を走ると、湖が見えてくる。更に先、この谷の奥にはまだ雪を懐いたシエラーネバダの山がみえる。

湖の一番奥まで行き車を止め、釣り道具とアイスボックスに入ったビールを持ち、歩いて湖畔に向かう。山男の頼さんはさすがに歩くのが速く、先をどんどん行く、次がアイスボックスをぶら下げた佐野さんと私、そして双子達。標高が高いので結構疲れる。

小道の傍らに休んでくれと言わんばかりに潅木が倒れベンチの様になっている。早速私達はビールタイム。薄っすらと汗をかいた身体にこれが美味い、しかも荷物は軽くなる。

雪解け水が何本か林の中に清流を作って湖に流れこんでいる、そんな流れを丸太を橋代わりに何本か横切り、釣り場にたどり着く。透明な水が湖に流れこむ境目に釣り糸を投げこむ。この湖は底が石であまり餌を動かすと引っ掛かるので投げこんだ後はやることがない。1時間ほど頑張るが、引きがない。 ,その後場所変えをして湖の反対側に移る。ここは1−2センチほどの砂利が湖畔を覆い、釣り糸を投げこんだ後 寝転がると背中に指圧の様に小石があたり凄く気持が良い。ふと横を見れば枕のような形の石がある。その上に頭をのせてみると、これがまた良い。そのまま30分ほどうたた寝をしてしまった。

夕飯はすき焼き、2匹の虹鱒が食卓にのる、若者達は偏食が激しくTVディナーを買ってきて電子レンジで料理をして食べたようだ。佐野さんに言わせると魚は食べられないが今日は触れるようになった、幾分は良くなっているそうだ。これから社会に出たらもっといろんな機会にいろんな物を食べらずをえない場面に遭遇するのだからと一説教。

何時ものように何時のまにか寝てしまい、翌朝、 4時ごろトイレに行く頼さんの物音に起こされる。なかなか戻ってこないな、と思っていたら歯を磨き始めたようす。そうでないことを祈りながら一応聞いてみる。「頼さん、まさか今から釣りに行くなんて言わないよね…..?」「明け方の一番良い時間に釣り始めるには今から準備しないとね」とのお言葉。外は真っ暗、やがて佐野さんも起こされ「聞いていないよ」と言いながらも、もう今から眠れないからと付き合うことにする。問題は若者達、昨夜「置いて行かないで」と釘を刺されている。でも我々があの年齢の時を思えば朝4時半なんて蹴っ飛ばされようが、耳元で鶏が鳴こうが起きるはずがない。そこで行き先を地図にしてドアに貼って置く事に。

「レーク クロウリーは明け方に行けば入れ食いである」と言う。私も一度入れ食いなるものに遭遇してみたい。なんでも入れ食いとは釣りの仕掛けを入れれば釣れ、入れれば釣れ、たとえ餌がガムでも釣れるとか、腕が痛くなるほど後から後から魚が掛かるとかという状態らしい、頼さんの言葉を信じ515分ごろ出発する。

夜が開けたばかりの湖畔につくと用意をするのももどかしく,頼さん、佐野さんお薦めの釣り場に向かう。幸い狙っていた場所はまだ誰もいない。ベストの時間にベストの釣り場を確保できた。ここで仕掛けを投げ込めば 餌が水面に付くか付かぬかのうちに腹を空かせて朝飯を待っていたトラウトが食らいつき、引き上げて次ぎの餌を投げ込めば、またすぐに食らいつく、これ入れ食いのはずである。

はやる心を押さえて、第 1投を静かな水面に向かい振る。リールから糸がリリースされ、重りとミミズが水面の彼方へ飛んでいく。静寂のなか澄んだ音が響き、ほぼ狙ったポイントに着水する。すぐに来るであろう、強い引きに備え身構える。 さー来い....?......??......???。

5 分たち、10分が過ぎ、私の頭の中は??だらけ。頼さん曰く「魚は回遊しているからね、そのうち嫌というほど釣れるよ」

待つことしばしが、何時の間にか 1時間くらいになり、周りに他の釣り人が増えてくる。幾分飽きてきた私は7時ごろ道に迷っているであろう双子達を捜しに戻ることにする。

今朝双子達に書き残した地図を頭の中で辿ってみるが、あの地図ではよほど地図を読み間違えなければ我々の釣り場にたどり着く事は出来ない。ルート395号を降りた後は大きな目標物のない草原の中を舗装されていない道が何本か走っている。手書きの地図は実際の位置関係とかなり矛盾があり、双子達が我々に合流出来ないのも無理はない。40分ほど走りまわって突然彼らの車と草原で出会う。彼らを先導して釣り場に戻ると、隣の日系人のお爺さんらやキャンピングカーで来た夫婦とか、我々の後で来た人達がかなり良いペースで型の良いトラウトを何匹かあげ始めている。そして釣り人の頭数だけは多い我々のパーティーは何故かまだ朝からの沈黙を守り続けている。

入れ食いに近い状態で釣り続ける周りの人達のなかで、我々は“早起きは3文の得“は絶対に嘘だと眠い眼を擦りながら思ったのであった。

そんな我々にもぼちぼちと釣れ始め,結局30cmほどのレインボートラウトを4匹持ち帰ることが出来た。武士の情け、釣り師 頼さんの名誉のためにも誰がその 4匹を釣ったかは言わないが、、、、、書いてしまうと、なんと頼さんにだけ引きがなかったのだ。こんなこともあるんだ?という今日の釣りであった。

コンドに昼前に戻り、もう一泊する双子達と別れ、帰路につく。半年間、マンモスに置きっぱなしていたスキー道具を来シーズンのチューンアップのため撤収する。出発してすぐ、頼さんが時間も早いし途中、ちょっと寄り道をして 美しいロッククリークレーク周辺を案内してくれるという。勿論異存のあろうはずがない。佐野さんは頼さんと何度か北米でアラスカ以外では最高峰のマウントホイットニーに登っているが、私はスキー場以外のこの辺の山はヨセミテ位しか歩いたことがない。フリーウエイを降り山道を30分ほど走ると谷間にロッククリーク湖が見えてくる。緑に囲まれた美しい湖だ。さらに谷の奥へと進むと道路は1車線になり、路肩に雪が残り道路に平行して清流が流れている。谷の一番奥に駐車場とキャンプ場がある。時間がないのですこし散歩をするくらいしか歩けないが澄んだ川が美しい、4−5メートル幅があり結構水量が多い。川原の芝の上で食事をする家族、釣りを楽しむキャンパー、それぞれが自然との接触を楽しんでいるようだ。遥か川の上方,林の間には雪山が見え、頼さんによれば ここから30分も森のなかを登ると峠に出て、そこからは180度の展望で雪を懐いた山々が見え、ヨセミテやマウントホイットニーへと続くトレールがあると言う。

残念ながら今回はわずか30分ほどの森林浴であったがそのうち峠の上まで行ってみたいものだ。自然に接して育ち、都会に住む人間にとって、森林の匂いはなによりの栄養剤である。はっと気が付けば赤信号などという生活を日常的に送っていると、都会に住む者ほど自然の緑のまぶしさに敏感になる。「人生すべて青信号で行きたい」、などと思ってしまうのであった。 


山を降り、ロスにもどると現実の生活に引き戻すテールランプと赤信号の真っ只中にいた。

佐野さんと友達の寿司屋に寄り、今シーズンの打ち上げをする。

”THINK SNOW! ”雪を思い夏を過ごそう、来シーズンも良いスキーが出来ますように!