ストーム (嵐)     file#12-2-01 小堺高志

オープニング・ディー以来2週間ぶり、サンクスギヴィングの4連休にいつもの3人組でマンモスに向かう。前回来たと時はまだ十分な雪に恵まれず、開いているゲレンデも少なく初滑りをしたというだけのスキーであった。今回は週末に大きなストームが来ると聞いている。今夜にも天候がくずれ、かなりの確率で雨か雪になるとの予報もなんのその、「嵐が恐くてスキーヤーが勤まるか」。嵐の後にはかならず最高の雪が残されるはずである。

テロの影響で、この4連休は航空機での移動を控え、車で動く人が多いと聞いていたが、その予測どおり、フリーウエイの上、車の長い沈滞がどこまでも続く。通常1時間半で抜けるランカスターまでの道のりに2時間半を費やす。食事をして再び動きだしたのはすでに午後10時であった。今回は嵐に備え、原ちゃんの4輪駆動車で来ているため、運転手は原ちゃん、私は後ろ座席でリラックスしてワンカップ大関などを一杯飲んで、睡魔に襲われ、目がさめたらすでに午前1時ごろ、外はいつのまにか土砂降りの雨である。雪に変わるには少し気温が高い、スキー場で雨が雪に変わるか変わらないかは時には標高差で100フィートの違いでしかないこともある。上は雪で下は雨は、雨では雪が解け、柔らかくなりスキーは出来ないが、雪なら風と視界が問題となるが、基本的にスキーは出来るのである。

2時にマンモスのコンドに着き荷物を降ろすと雨はいよいよ激しくなり、がっかりである。ドアの前には隣のコンドを持つサンディエゴから来たカールがまたマグロを持って来てくれたようで、大きなアイスボックスが置いてある。解体作業は翌日にして寝る前にもう一度外を見るといつのまにか雨が雪に変わって、激しく雪が降っている。これは嬉しい兆候、明日は最高の新雪を滑れるかもしれない。

翌日、朝から激しく吹雪いている。昨夜から6インチくらいの積雪があり、風がなければ雪質は申し分ないのだが。歩いて行けるキャニオンロッジがまだ開いていないのでメインロッジに行くため、シャトルバスの乗り場で待っているとスキー場関係者が「今日はほとんどリフトが動いていないから止めた方がいいんじゃないか」などとのたまふ。冗談じゃない我々はこの嵐を待っていたんだ、と行ってみないと納得しない。最悪雪を見ながらビールでも飲んで帰ってこようとメインロッジに行く。この嵐のためスキー客は少ない。情報を得ると風のため一番下の初心者用チェア、デスカバーとよばれるリフトしか開いていない。佐野さんと原ちゃんがコーヒーを飲んでいる間に私だけ様子を見にチェアに乗ってみる。まったく傾斜がないスロープであるが、それでも雪質がいいので鼻歌が出てしまう。ロッジにもどり状況を二人に報告して天候待ちで様子を見ていると午後からそれでも、もうひとつ上に行くリフトがオープンした。2−3本滑るが、強風のためリフトは動いたり止まったりしているし、スロープも単純で我々には面白さに欠ける。カールとロッジのレストランで落ち合うと彼の息子エリックが今夜遅くマンモスに来ると言う。あのパーティー男エリックが今夜来るということは、今夜はかなり覚悟しておかないといけない。2時にはスキー場をあとにコンドに戻る。カールの奥さんヴァージニアに一年ぶりの挨拶をする。相変わらず暖かく優しいお母さんである。

今夜はサンクスギヴィング・ディナーをカールのところで合同で食べるというのでマグロを解体して刺身とマリネをたくさん造る。ヴァージニアが、七面鳥やらアメリカの感謝祭の食事を色々作ってくれている。昨夜遅かった私達はマグロを解体してから少し休んで長い夜に備える。

毎年カールはサンクスギビングにいろんな人たちをマンモスのディナーに招待するが、今年はまだエリックが着いていないし、毎年来るエリックの親友ニールは医者になる研修のため今は東部の大学病院にいっており、不参加、でも以前会ったイタリア系のプレーボーイ、ブライアンが今年も違うガールフレンドを連れて参加しているし、ヴァージニアのトラディショナルなサンクスギヴィング・ディナーも美味しく、楽しい夕食のひと時を過ごす。夕食中にこちに向かうエリックから電話が入る、私が出るとあと2時間くらいで着くというが、途中は嵐でトレーラーが横転していたりで大変な状態だという。

エリックがコンドに着いたのは10時半頃であった。一緒にカレッジ・アメリカン・フットボールの現役の選手を連れて来ている。名前は忘れてしまったが通称、”シーバス”と言う360ポンド、190センチもあろうかという大男である。「ディナーの残りを食べてから、遊びに来るから」と言って我々のユニットに来たのは 11時を過ぎてからであった。エリックは数日前に30歳になったが、つい最近までスゥエーデンで学生をしていた。よって彼の行動と乗りといったら、まったくパーティ好きの学生そのもので我々の年齢ではついていけない部分がある。一人っ子の坊ちゃん育ちで性格がよく佐野さん曰く「女に持てる要素をすべて持っている男」ということになる。今回はスゥエーデン人の奥さんシンシアは来ていないのでブレーキをかける人がいない。

我々の部屋でエリックがコンピューターをテレビにつないでスライドショウを見せてくれる。スゥエーデンでの生活から昨年マンモスで我々に会った時の写真まで。エリックはポトグラファーとしての才能があるようで、写真に流れとストーリーがある。さすがパーティー男、その写真のほとんどはパーティーの写真である。女装したニールがいる、お尻を出したニールがいる、このニールがまもなく医者になるんだよね。いいお医者さんになることでしょう。さて、今回のエリックの用心棒シーバスは体重360ポンドである、体が大きいだけにアルコールの許容量も大きく、飲むは飲むは。

佐野さんは1時くらいに雲隠れ、原ちゃんは2時位には呼んでも反応なし、昼寝をしてこの夜に備えた私がなんとか相手をしてエリックとシィーバスだけ異常な勢いで飛ばし続け、午前2時半には日本酒五号壜二本、焼酎一本、テキーラ半ボトル、ビール2ダースくらい、3日間もつと思っていたアルコール類の蓄えが一晩にしてほぼなくなっていた。午前3時ごろエリック達にお引取り願ったが、彼らはその後、嵐が収まったスキー場に散歩に行って、5時ごろに帰ってきて寝たそうである。もっとも彼らは翌日、午前中ずっと寝ていたようである。

我々は9時に起きて、メインロッジに向かう、メインロッジしか開いていない上に金曜日で混んでいて着くのに1時間くらいかかった。それでもかなりのリフトが動いており、23番リフトで山頂に行き昨夜からの新雪を楽しむことが出来た。

エリックとシーバスは午後からホットクリークの温泉に行き夕方帰ってくるとそのままスパに行き

夕食の時間まで半日お湯に浸かりっ放し。ここにカールの昔からの友達で同じここシャモニーのコンドを所有するブルースが合流する。ブルースは45歳くらい、エリックを赤ん坊の時から知っているといい、ある意味エリックの子供の時からの憧れの男であったようだ。お父さんが大変なお金もちで今はその不動産の管理をするのが仕事だそうだ。サンディエゴのポイント・ラマというお金持ちの人が住み地域に豪邸を構え、奥さんと3人の娘さんを連れてマンモスに来ているが、こちらの方が気になるらしく、食事が終わると早々に家族を置いて再び我々の部屋でこちらに合流する。「マグロが欲しかったらいつでも言ってくれ、毎日だれか知り合いのボートが入港するから、いつでも手に入れてやる」と一心太助のようなことを言う。もっとも彼の言うボートとは漁船でなく、贅沢なスポーツ・フィッシングのボートのことであり、手に入れてやるとは、腐るほどあるマグロをまさにただであげる、という意味である。さすがにエリックが子供の時にあこがれていた男、話がスマートで面白い。求職中のエリックがブルースの野球のチームに入れてくれという話から徐々にブルースの会社に入れてくれという話に持っていく過程が漫才を聞いているように面白い。ブルース曰く、「カールはお前の事を優等生の自慢の息子と思っているが、とんでもない俺はお前の裏の顔を知っているからダメだ」というのである。さらにエリックが「ブルースあなたはポイント・ロマの市長になるべき人だ」と持ち上げる。「俺もそう思う、しかしポイント・ロマの市長としては、やはりエリックは買えない」とやりとりが続く。

途中で恒例の ”コヨーテにサンクスギビング・ディナーをあげる会”が催される。マグロの頭や骨、七面鳥の骨などを持って山に行って、置いてくるのである。ブルースがこの催しに参加させるため娘を呼びに行く、4歳と9歳の娘が寝ていたのを酔っ払った父親に起こされ参加する。下の子はパジャマの上にジャケットをはおっただけで寒そうである。一番上の 11歳の娘はブルースが言うには「歳をとるに従い賢くなるので上の娘は声をかけてもこなかった」それが正解であろう。キャニオン・ロッジの方に5分ほど歩き、道をそれた木の下にコヨーテの餌を置いて帰ってくる。昨年はすぐにコヨーテが姿を現したが今年は姿を見なかった。昨夜のことがあるので今夜のパーティーは12時までと言っていたが、11時ごろエリック、シーバスそしてブルースは街にくりだして、若者の溜まり場ウイスキークリークへと出かけた。その元気なことに驚かされるが、翌日カールにその3人が夜中の2時ごろそろってテレビゲームをやっていたと聞いた時はずっこけた。

翌日は朝から凄い吹雪、それでも我々はメインロッジに向かう。リフトは2本しか開いていない。聞けば山頂は風速100キロの風が吹いているという。それでもリフトでいける中腹まで上がると強風で視界が悪く、スキーをするには厳しい状況である。風の合間をみはからって私は一気に滑り降りる。下で佐野さんと原ちゃんを待つが、一緒に滑り出したと思ったのになかなか降りてこない。10分ほどして降りてきた二人は「風で飛ばされた」という、子供も「死ぬかと思った」などと大げさなことを言いながら降りてくる。私が滑ったすぐ後を突風が襲ったようである。その後すぐリフトはすべて止まってしまいロッジに入ってスタンバイするが、午後になっても再開のけはいがない。カールが知り合いのスキー場のスタッフから聞いた情報では今日はもう再開しないという。しょうがないのでビールを飲んで帰路に着くことにする。明日はキャニオン・ロッジがオープンするだろうというのでロッカーに2日間いれていたスキーをもって引き上げる。

エリックもブルース達も今日マンモスを去り。吹雪の中、買い物に行く気にもならず、残り物で夕食を作り、カールから貰った最後のビール6本を飲んで過ごす。頼みは明日の天候である。

今回最後の日である日曜日、夜中に何度も外の天候が気になって見ていたが、朝方まだ雪は降っているが風は収まっている。ひょっとしたら凄くいいスキーが出来るかもという期待で胸が躍る。7時頃起きると45センチほどの新雪が積もっている。原ちゃんが雪に埋まった車を掘り起こしに行き、8時にキャニオン・ロッジに着くように早々に用意をして出発する。ワックスをしてもらうため原ちゃんとリペア・ショップに行くと「はい、受け付け番号、1番と2番」という、今シーズン最初の客であった。リフトは8時半にオープンするはずである。はやる心を抑え、キャニオン・エックスプレスと呼ばれる中腹に行くリフトの列に並ぶと目の前にはバージン・スノーに覆われた手付かずのゲレンデがある。皆、我先に山頂に向かい、その手付かずの新雪を滑りたいと思っている。ところが8時半を過ぎても一向にリフトは動く様子がない。やがて「30分ほどアバランチ(なだれ)コントロールのため遅れる」とアナウンスがあると佐野さんと原ちゃんはコーヒーを飲みに行ってしまった。私はというと目の前の新雪があきらめきれず、歩いて登り始める。数10メートル登って、それでも新雪に数回のシュプールを描けた。9時になりもうひとつの17番リフトのほうが動き出したが、17番リフトはキャニオン・エックスプレスよりかなり下までしかいかないので、そちらに鞍替えするのもしゃくでそのまま待つ。やがて17番リフトを使った連中が歓声をあげながら滑り降りてくる。それを、指をくわえて見ている可愛そうな我々。9時15分ついに我々も17番リフトに移動する。もっと早く見切りをつければよかったのだが、それでも斜面はなだらかながらも満足な新雪を滑ることが出来た。2本ほど滑っていると先ほど長く待たされたキャニオン・エックスプレスが動き出した。早速に乗り、リフトの上からどの斜面が荒らされていないか見る。いつもだとモーグルが出来るダウンヒルという斜面に向かう。上に立つとここは結構傾斜もあり、まだあまり荒らされていない50センチちかい新雪が残されている。私が先頭で滑り出す。

右側を佐野さんが続く。後ろに原ちゃん、スキーが深雪のうえに浮き、佐野さんが歓声をあげている。

途中で一度止まった二人を置いて先に下まで降りてカメラを構える。タイミング悪く原ちゃんが雪の中に消える。深雪でのスキーのコントロールは難しい。原ちゃんは巧いのだが、しいて言えば深雪もグルームした雪も同じパターンで滑ろうとするところに無理があり雪圧に負けるとスキーが廻らずバランスを崩すことになる。一定以上の深雪ではスキーの上で低くしゃがみ込んだ姿勢から立ち上がりながらスキーを回し込み、そしてまたスキーを自分の真下に持ってきて低い姿勢で受けるという自分で故意に造る上下に動くリズムが必要である。二人とも凄く巧いスキーヤーではあるが、まだ私との違いがあるとすれが、雪質と状況にあった多種多様な滑りが出来るか否かの違いだけであろう。その滑りのパターンが私の方がまだ多い。

この一本の滑りで3日間ストームの中でこの時を待った甲斐があったと思えた。しかし今日はもう帰らなければならない最終日である。その後荒らされていない斜面を求めて22番リフトの下へと移動するが 12時にはあがる予定である、さらに3本ほど滑り時間は12時を廻っていたが、誰からともなく「もう一本!」、最後を斜めに山を横断して8番リフトの上にたどり着く。8番リフトは動いていないのでこの時間になってもまだ意外と新雪が残っている。3人そろってキャニオン・ロッジに向かってシュプールを描く。

11 月に2フィート近い深雪をたんのう出来るとは幸せである。ストームの後に新雪あり、この雪を求め、たとえ火の中、水の中、我々は今シーズンもスキー場へと向かうのである。スキーの面白さは同じ場所でも毎回違う雪質とコースが現れ、それをいかに乗りこなすかの自然との戦いであろうか。今シーズンまずは上々の出だしである。スキーの醍醐味である理想の一本のために体力、天候、雪質、すべての条件がそろうことを夢みてスキーヤーは今シーズンも通い続けるのである。