スキーヤーと太公望      小堺高志 file#2001-5-14

4 月も最後の週末となり、南カリフォルニアでも方々に季節を感じさせる草花が咲き誇っている。スキーシーズンも終わりに近く、ローカルのスキー場で今だ開いているのはマウンテン・ハイだけである、インターネットでユタ、コロラド州を見ても、今の季節ほとんど開いているスキー場はない。

そんな中、先週末の 季節外れの天候で北に位置するマンモスには3フィート近い雪が降その後の暖かさで新雪はすっかり融けていると思われるがマンモスのスキーシーズンは例年6月半ばまで続く。先週末の寒さを例外とすれば、雪解けも早く、今年の加州の春は足早に訪れ、あっと言う間に花を咲かせ、例年より暖かい春のようである。

例年 4月最後の週末はシエラネバダ山脈のフィッシングの解禁日でもありマンモスはスキーヤーと釣り人でにぎわう。我々もスキーと釣りのダブルヘッダーで週末を過ごすべくマンモスへと向かう。

我々の釣りの師匠、頼さんが急に参加出来なくなったので 参加者は4人、私と佐野さんは私の車で、原ちゃんと斎藤ちゃんは一時間遅れで私達の後を追う。思いの外、順調に走り、午後9時ごろにはマンモスの一時間ほど手前のビッグパインにあるレストランに食事に入り、ステーキをオーダーしていた。

ここは、 3年前の 長野オリンピック開会式の夜、マンモスに行く道すがら開会式を見るために寄って以来、気に入っている家族経営のレストランであるが、ここを通る時はたいがい遅い時間で、すでに閉店していることが多いのである。今夜はフィッシングのオープニング・デーを明日に控え、何時もより遅くまで開いているようである。お店はそんな客で私たちが入った時にはすでに、ほぼ満席であった。

まずはビールをたのみ、ステーキをオーダーする、食通の焼きは当然 レアかミディアム・レアである。メインのオーダーをしたらウエートレスが「飲み物は?」などと聞く、「おいおい、飲み物はさっきビールを頼んだだろう」忙しいのであろうが、あまり慣れていないウエートレスのようである。待つことしばし、なかなか料理が出てこないので 先ほどのウエートレスにどうなっているか聞くと、「ミディアム・ウエルは焼くのに時間がかかるから、チェックしてみる」という、「おいおい、焼きはミディアム・レアと言っただろう、焼き過ぎだったらやり直してもらうよ」キッチンに飛んでいったウエートレス「ちょうど良いところでストップ出来たわ、カットしてみて焼き過ぎだったらやり直すわ」と言うのでカットしてみると,どうみてもミディアムであるが、愛想だけは良いウエートレスなので彼女に免じて許してあげる。

それでもこのお店は雰囲気も好く、ちょっとインテリっぽい人が年代物のピアノを弾いていたり、店内のあちこちに この街と家族の歴史を感じさせる物がインテリアに使われていたりで、この街道筋では一番のレストランだと思っている。

途中のビショップでも遅い時間に関わらず釣具店はにぎわっていた。

翌朝、起きて外を見ると風が強い、風は釣りには宿敵である。この朝のオープニングを楽しみにしていた人には申し分けないが、我々にはスキーがある。 8時ごろスキー場に行くとけっこうパーキングは一杯になっている。春スキーは朝10時位の固い雪が柔らかくなりかけた時が一番よく、以降はどんどん重く柔らかい、条件の悪いザラメ雪となっていくが、それでもアイスの状態より良いし、私はこの季節のモーグルがブレーキが効いて、スピードのコントロールがし易く、けっこう好きである。柔らかくなった春の雪は時たま重い新雪のように抵抗があり、体重の移動だけではターンに入っていけないことがある。そんな雪質ではターンの前にちょっとつま先を持ち上げる感じでスキーの前面を雪の上に乗せてやる、それによりスキーの滑走面全体で雪をとらえ、スキーに浮力を与え、柔らかな雪の中でもスキー操作がし易くなるのである。

一休みするためにゲレンデにあるミル・カフェーのベランダに座り、ホット・ココアを買いに行くと、ここでリフトの係員をしているデービッドが声をかけてきた。ここの従業員は胸に名前と出身地の入ったネーム・プレートをつけているが、デービッドは日本人には見えないが日本人とのハーフで日本育ちである。今シーズンの初め、私が名札を見て「えっ、日本からなの?」と声をかけたら日本語で挨拶が返ってきた、それ以来何度か、主にスタンピーアレイと呼ばれるリフトの乗り場で働いている彼に会うたびに短い会話をするようになっていったが、ミル・カフェで声をかけてきた彼は「今日がここで働く最後なんですよ」と言う、ちょうど休み時間だという彼を佐野さんと原ちゃんが待つテーブルに連れて行くと、ひと冬のマンモスでの仕事も今日で終わり、このあと 520日くらいまでマンモスで滑って、その後ロスに行って仕事を探し、学校に戻りたいと言う。ロスであれは何かと手助けが出来るかもしれないので、代表で原ちゃんが名刺をあげる。初めて彼と座って10分ほど話をしたが、群馬で18年間育ち、公立高校に通っていたという彼の両親は日本でペンションをやっている

そうで、見てくれとちがって、かなり日本人を感じさせる男であった。

膝と腰にそれぞれハンディーを持つ佐野さんと原ちゃんは 12時にはもうロッジに上がってしまった。私と斎藤ちゃんはさらにもう2本ほどモーグルに挑戦する。斎藤ちゃんは最近モーグルの面白さが分かり始めたようで、がんばっている。私にとって、今の季節のモーグルとは、スピードのコントロールがし易いので、簡単なラインに逃げないで、なるべく谷を流れる水のようにまっすぐで細かいジグザグ・ラインを描くのがここ数年来の課題である。言うは簡単であるが、パーフェクトにはまだほど

遠い、もともと競技モーグラーのような滑りは年齢的に無理であるから体力の衰えを、熟練さを身につけることで補い、瘤をのりこなし、まだまだバンプで踊り続けたいのである。

午後 2時くらいから服装を着替えて、釣り人としてクロウリー湖へ繰り出すと、さすがにオープニング・デー、いいポイントはすでに人が一杯で入りこむ隙間がない、釣り掘りの体をなしている。いやいや、これが釣り堀ならば、「はい、ごめんなさいよ」と釣り糸を垂らすこともできるのであろうが、ここでは人の邪魔にならないで竿を振り回せるだけのスペースを見つけなければならない。

先に進むと、私達4人が入れる場所があった。この際、良いポイントかどうかより、釣りの出来る場所なら贅沢はいわない。すでに釣りの一番良い時間帯は過ぎているので、大漁も期待していない、何匹かの今夜のつまみが釣れればいいのである。

さて、 1時間ほど、頑張ったが斎藤ちゃんが一匹あげただけ、つまみにはまだ足りない。ふと足元を見れば一匹の鱒がルアーを引きずり息もたえだえで、水際に浮かんでいる。今日が解禁日、釣り人のルアーにひかかり、運良くか悪くか、糸が切れてルアーを引っ掛けたまま、ここまで逃げて来た物に相違ない。「これで釣れなければ、このトラウトを頂戴して帰るしかないね」というと、「魚を拾って帰ったのでは、釣り人のプライドが許さない」と皆さん、しかし そのプライドも、こうも釣れないとだんだんと薄くなる。とうとう斎藤ちゃんが「この魚についたルアーはもったいない」などといって、片足を水に入れて拾った魚を私がしっかりと確保したのであった。

その後佐野さんが一匹釣り上げたが、今日は拾った魚が一番大物だったという釣り師にとっては屈辱的な結果に、明日のリベンジを誓って引き上げたのであった。

翌日は予定よりも遅く起き出し、釣りをしてから、スキーというスケジュールもちょっと時間的にきついという意見で、今朝はスキーをしたい人と、釣りをしたい人と 2班に分かれて自由行動ということになった。気が付けばスキーの用意をしているのは私だけである、皆、この間まではスキー、ス

キーと言っていたのに春になれば裏切り者のようである。

私をスキー場に ,落し、彼らは釣り場へと向かったのであった。しかしおかげで私は心置き無く午前中モーグルを存分に楽しむことが出来た。今の季節面白いのはモーグルだけであるから数少ないモーグル斜面には腕に覚えのあるスキーヤーや、これからモーグルに挑戦してみようというスキーヤーまで、かなりの数のスキーヤーが集まっていた。モーグルは一般斜面でかなり上手く滑れる人でもパンプを滑り慣れない人には難しい、凸凹斜面(バンプ)に始めて挑戦すると「こんなはずではない」と思うはずである。そんな斜面をリズムよく滑り下りるのがモーグルであるが、今日も何人かバンプ斜面の上まで結構上級者の滑りで下りてきて、バンプ斜面でモーグル初心者となり、首をかしげているスキーヤーがいた。

12 時に釣り班がパーキング場で私を拾ってくれた、今朝の釣り班は3時間の奮闘にもかかわらず成果なし、スキーをしていた方が正解であったようだ。コンドで荷物をまとめて、帰りがけにもう一回、釣りをして行くことになった。今度はクラウリー湖にそそぐ河口が釣り場である。

斎藤ちゃんが最初の 1匹を上げた。他の釣り人曰く、「ラッキーなだけ、たまたま腹を減らして食事をしようとしていた魚の口の中に運良く餌を放り込んだだけ」と鼻からから釣りの腕は認めようとしない。1時間ほどしてまたも斎藤ちゃんに2匹目がかかる、それでも彼への評価は変わることはない。もうすぐ止めるという原ちゃんと斎藤ちゃんを残し、私と佐野さんは先に帰路に付くことにする。

2 時間半ほど走ったころ、斎藤ちゃんから電話が入る、「いまどこ?」という私の質問に、「いまから出発するところ」 なんとあの後、更に2時間半も頑張ったようで

ある。

特に原ちゃんは昨日から一番永く釣りをしていながら、一匹も釣れていない、釣れなくても面白いのだという。どうやら街中の噴水でも釣りの出来る、稀に見る太公望になりそうである。

原ちゃんのその後はといえば 2週間後には、腕を上げて・・・もとい、運が廻って来て、何本か形の良いトラウトを釣り上げたのであるが、スキーと比べればやはり釣りは運と思えてならない。だってスキーでは、たまたま、まぐれで上手く滑れた、と言うのは見たことがないからである。釣りはどんなに初心者でも、たまたま投げ込んだ餌が、水面下にいた魚の口に入ればラッキーな釣り人となれるのである。

私の釣りは、今期いまだにツキに見放されているようであるが、そのうち私にも運が

廻って来るはずである。