雪上の贅沢       11月27日             小堺 高志

 

通勤途中のわずかな紅葉がすでに季節が冬であることを思い起こさせるが、なかなか寒くならない。異常気候と言う言葉はいつしかなくなり、この気候が当たり前になってしまうのであろうか。マンモスも前回のオープニング時以来、雪が降っていない。それどころか気温が下がらないので人口雪も作れず死活的なシーズン開けである。稼ぎ時のサンクスギビングの4連休なのに、いまだにブロードウエイの斜面しか開いていない。マンモス スキー場からのメールでは2日前からやっと夜間の気温が氷点下となり人口雪を作り始めたという。この連休にどの斜面をさらに開けることが出来るのか。

 

11月21日、半ば恒例になっているサンクスギビングの連休をスキー場で過ごすため、雪が悪くてあまりスキーは期待出来ないが、佐野さんとごった返しでなかなか進まないフリーウエーをマンモスへと向かう。原ちゃんは日本に母親を見舞いに行って、帰国中。カールが来ているはずだが、例年より参加者の少ない静かなサンクスギビングディナーとなりそうである。

買ってきた弁当をいつものモハベのカールスジュニアに持ち込みをして食べようとたくらんだが連休はじめで客が多い、おまけにいつもは照明を落としているお店の奥も明るくなっていて、さすがのわれわれも躊躇する。モハベを通り越して持参の弁当を食べられる場所を探しながらジャンクションのガスステーションまで来た。ここは中にガススタンドの購買店とサブウェーのファーストフードがあり長距離ドライバー用にコインランドリーもあるので勝手に解釈させてもらえば、比較的出入りが自由であると見受けられる。何も買わないのは悪いのでビールを一缶、そして備え付けの電子レンジで温めた日本食の弁当を食べる。昨日のニュースでミシェランのレストランガイド東京版が発表され、三ツ星店が8軒、東京はトータルの星数でパリを抜いたという。世界中の美食が集まる日本、当然であるが世界では驚きの目で見られている。場所を使わせていただいて言うのは申し訳ないが、やはりこんなファーストフードより日本食のお弁当のほうが星一つ上なのである。

 

珍しくビールを飲まなかった佐野さんに運転を代わってもらえば、あら不思議目が覚めればマンモスに瞬間移動。時刻は11時半である。

シャモニーの駐車場には車が数台しか止っていない。我々が駐車してすぐ、横に見慣れた車が入ってきてカールがおりてくる。義理の娘シンシアをビレッジに送って行って来たところらしい。今回もサンディエゴからマグロとハマチを持ってきてくれていた。今年は魚の食いが悪いそうで、形は小さい。捌くのは明日にして少し熱燗で温まっておやすみなさい。

 

朝7時に起きてカールが持ってきたマグロとハマチそして金目鯛らしきものを捌いてフィレにする。これで今夜のディナーはターキーと魚の一騎打ちとなるが、ミシェランのガイドブックもみとめる日本食が勝つことは目に見えている。

ちょうど終わった頃、シャモニーの管理をする一人が「ホール中、魚くさい」と文句を言ってきた。カールが昨夜から廊下に魚の入った大きなアイスボックスを置いていて、それの蓋を先ほどから開けたままにしていたのであるが、カールによればこの男、昨夜も文句を言ってきたいやな奴らしい。彼はマネージメントの側でありオーナーはこちらだから「そんなの関係ない」である。大体、今回、我々とカールの所以外この棟には宿泊客が入っている気配がない。この男以外、誰も魚くさいと文句を言っているはずがないのである。シャモニー全体でも車はぽつぽつとしか停まっていない。その男はわざとらしくクシャミをして去っていったが、魚アレルギーか?魚を捌き終え、掃除をしたら臭いもなくなった。

 

カールを仲間に入れて朝9時半にメインロッジからリフトに乗る。ここ2日間ほど気温が低かったので人口雪を作り続けていて、今朝からフェースリフトが動き始め、裏側のサドルボールの斜面が滑れるようになっていた。この斜面は下部のブロードウエイの斜面につながり、トータルの斜面の長さは前回の時より2倍近く長くなっている。上部の雪質は思いのほか良くて気持ちよく滑れる。新しくオープンしたサドルボールの斜面を何本か滑る。私が先に行くとカールと佐野さんが後に続くが、ついつい後にお年寄りが付いて来ている事を忘れ先へ先へと行ってしまうが、カールは良く付いてくる。コースの左端が比較的雪質がいいが、もう数メートル左に行ったら石に乗り上げてしまうので気をつけなければならない。早く天然の雪が降るようにと新雪を思いながら滑る。


   
今日も晴天                      リフト上のカールと佐野さん
 

期待していなかったマッコイステーションが開いていたので休みを取ると、佐野さんは持参の魔法ビンからヒレ酒を取り出す。持込の得意な我々であるが、理由は金額に見合う美味いものがないからである。アメリカのスキー場で昼休みにヒレ酒を飲む、これが目下の我々の贅沢である。

 

夕方、手早く4品ほどの魚料理を作って向かいのカールのところに運ぶ。今年のサンクスギビングのディナーは少人数である。カール、バージニアの夫婦とスエーデン人の義理の娘シンシアとその友人ブロック、そして我々、、、、、と思ってカールのユニットに行ってみたら4人ゲストが増えていた。マリアとスキーパトロールをしているボーイフレンド、そして前に会ったことのあるマンモスに住む元全日空のパイロットで日本に暮らしたことのあるジャック夫妻。

バージニアはマンモスに2日前に付いてからスタマックフルーで寝込んでいて、料理をシンシアたちに任せていた。ベッドから台所の采配を取りながらであるが、次の世代にサンスギビングの伝統的料理を伝えるには良い機会であろう。

 

せっかくの年に一度の七面鳥料理であるから お世辞を言いつつ頂くが、本命は自分で作った魚料理である。白身魚のピリ辛醤油ラー油炒めが評判良かった。私はこれだけ毎年魚料理を作っていて刺身以外は同じ料理を出していない。カール家では私がレストランをやっていたとかシェフをやっていたと噂されているが私はアメリカに来てから学生をしながらレストラン関係でのアルバイトが長かったが、殆どが皿洗い、バスボーイ、ウエーター。シェフらしいことをしたのはわずかな期間、永住権をとるために真似事をしただけである。しかし料理番組を見て、食べ歩きをするのは好きで、一つのレセピを参考に自分なりに数種類の料理を作る。あるいは鳥のカレー味唐揚げを参考にマグロのカレー風味唐揚げとかにしてしまう。大きなマグロを捌けるのは小さな魚を卸すのを見ていたからであり、味付けは大さじ何杯、小さじ何杯でなく、自分の勘である。包丁を研ぐのも何度もやっているうちに自然に覚えて上手いものである。その道に進んでいたら星一つは無理でも座布団3枚はいっていたかと思うが、今は山に来た時しか自分では作らない。カールの息子でありシンシアの旦那であるエリックは午後2時くらいにサンディエゴを出たそうで食事が終わったころに到着予定と連絡が入る。私と佐野さんはエリックが着く前に退散する。


    
料理を作る第二世代
 

9時半ごろ荒々しくドアがノックされパーティー男エリックが参上。「サンクスギビングのディナーはどうでも良い。年に一度君たちに会いたくてサンディエゴから来たんだよー」とまたまたエリック ゲイ疑惑を彷彿とさせる発言。

今日はもう寝るからとお引取り願うが、「明日はオールナイト パーティー、土曜日はないものと思ってくれ」と不気味な予告を残し引き上げるエリック。「クワバラ、クワバラ、なるべく関わらないようにしようね」と我々は確認しあうのであった。

その後、彼らはリクレーションルームで玉突きをしていたが、街に繰り出して夜中の3時くらいに帰った気配をウトウトとしながら感じる。エリックは完全な夜型人間である。7時に起きてスキーにいく我々に対し、エリックは朝方に寝て午後に起きてくるのだから夜のパーティーで我々が太刀打ち出来るはずがないのである。

 

翌朝、出掛けにスキー場のロッカーの鍵が見当たらない。昨夜は何度もポケットからカメラを取り出していたから、その時に落とした可能性が高い。佐野さんに嫌味を言われながら、ともかくスキー場に向かう。車を停めたところで、今度は佐野さんが昼食やビールが入ったリュックサックを忘れてきたことに気づく。「さっき私になんと言ってたっけ?」

急に無口になった佐野さん、シャモニーに置いて来たのだろうとリュックを取りに戻る。その間に10ドルで鍵を再発行してもらい、ロッカーからスキーを取り出すが、やはりこういった騒動を起こしてくれ人がいないと物語が面白くならないので、彼はやはりこのエッセイに欠かせない千両役者である。それにしても私は彼のこのリュックの喪失、置き忘れ騒動を7回は目撃しているが、何時も手元に戻って来るのが不思議でならない。

 

今年74歳?になったカールは元気である。我々と同じペースで滑り続ける。「でも最近、同じことを何度も言うが、やはり歳のせいかね?」と佐野さん、「しかし小堺氏も最近同じことを何度も、、、、、」。「それは廻りに何度も言わないと分からない人が多いから!」

 

何本か滑っていたらリフトライン後方に見覚えのあるウエアが並んだ。久しぶりに会う雪女マユミちゃんだった。最近はボーイフレンドが出来て付き合いが悪くなったと嘉藤さんに聞いていたが、そのボーイフレンドと一緒であった。雪女の愛称も恋をすると雪を溶かしてしまうらしい。

一本一緒に滑ってマッコイステーションで昼休みにする。一度忘れたリュックサックの中にはビール、熱燗、おにぎり、そして醤油に漬けて半冷凍したマグロの刺身が入っている。これこそ我々の雪上の贅沢である。

 

エリック達はリクリエーションルームで玉突きをしている。今日はオールナイト パーティーと脅されてされていたが、なかなかエンジンのかからないエリックいわく「最近は昔のように毎晩パーティーをする元気がなくなった、今日は二日酔い」と嬉しい弱音。昨夜は予想外に盛り上がりウオッカを一本空け、今日は二日酔いらしい。もっとも、その位のハンデーがあって、ちょど良い。

 

10時半になってマネージャにリクレーションルームから追い出されたエイックたちは行き場がなくなり一緒に玉突きをしていた他のグループの若者の所に場所を移す話をしているので、私達は静かにフェードアウトして部屋に戻る。

今日はこれでおしまいと思っていたら、静かにドアをノックする者が、ドアを開けるとエリック乱入。5分遅れでエリックと一緒に来ていた友人(名前を忘れたが2メートル近くある大男)が侵入、さらにシンシアとブロックがいつの間にか潜入。去年は佐野さんが頑張ってくれたが今回はもうベットルームに籠って出てこないので、私がホストをするしかない。エリックはあらゆる日本食に興味を持ち、試したがる。今日は冷蔵庫に何があるか?刺身の残り、漬物、カワハギの干物、厚揚げ、おでん、と居酒屋風つまみを出し、デザートはあんこ餅。

しばらくはゲームをして盛り上がっていたが、私は1時半ごろにはソファーでうたた寝。目が覚めれば3時、まだ4人ともカードをしているので、「後10分でお開きだよ」とお願いして3時過ぎにはお引取り願った。

 

今回は雪が少ないので最初から土曜日に帰る予定であった。昨夜遅かったので数本滑ったら帰ろうかと言うことになった。昨日からマンモスの一日券は早期料金の64ドルとなっている。リフトが3本しか開いていなくて、そのうち1本は初心者用であるから、これで64ドル取るとは何時ものことながらマンモスは良い度胸をしている。そして12月22日からの今年の通常料金は79ドルである。高すぎない?

我々はシーズンパスを持っているので2-3本滑って一日を終える贅沢が出来るが、一般客はこの状態で元が取れ満足できるのかと心配である。

ゲレンデに出ると、昨日人口雪を作っていたサンダーバウンドのリフトが動いていて、その下のコースが滑られようになっている。早速滑ってみると途中に少しアイシーなところがあるがこのコースは短いが全般に良い状態である。

   
中級者コースで記念撮影 私                    佐野さん

「気持ち良い!」の一本を滑れたら、今回はるばると雪の少ないスキー場へ来た甲斐があったというものである。

結局スキーヤーにとっては、一本の満足行く滑りが何よりもの贅沢であった。