雪上のワルツ  小堺高志          2004年126日 

 

ロス・アンジェルスにも冷たい雨が降る季節となり、また感謝祭の休日が巡って来た。例年と少し違うのは、今年は10月から雪に恵まれマンモスはすでに真っ白な雪に覆われていることである。11月24日水曜日の夕方サンタ・モニカを出発したいつもの3人組は4泊4日のスキーを楽しむため、カリフォルニア最大のスキー場、マンモスへ向かう。

 

連休の始まりで混雑した道路を約6時間かけて北上、途中で食事をしたりして、夜中の1時ごろマンモスのコンド『シャモニー』に到着する。予ねての連絡どおり、ドアの前に大きなクーラー・ボックスが置いてある。中には向かいのコンドを持つカールが、サンディエゴから持ち込んだマグロが入っているはずである。夜も遅いのでマグロを捌くのは翌朝にして、この後4日間のスキーとカールの息子でワイルドなエリック、そしてその友人ニールとの夜の付き合いに備えて眠る。

 

朝6時ごろ起きた私はドア前のクーラー・ボックスを開けてみる。中にはイエロー・フィンと呼ばれる50センチくらいのマグロが2頭入っている。釣り好きの友人が多いカールは自分が釣りに行かないときでも港に行けば大概友人の誰かが釣りから戻っていて、魚の処理に困っている友人から貰って来られるという。夏には本マグロも手にはいるが、今の季節に取れるイエロー・フィンは小ぶりである、捌くのは楽であるが、それでも2頭に1時間ほどかかった。コーヒーを入れて8時半ごろ佐野さんと原ちゃんを起こすと、簡単な朝食をとって9時過ぎにゲレンデに向かう。キャニオン・ロッジがシーズン初めで閉まっていた前回は車でメイン・ロッジまで行かなければならなかったが、今回はここがオープンしているので、ゲレンデまで徒歩5分でいけるので便利である。なんせ我々のコンド『シャモニー』はスキー場のキャニオン・ロッジのパーキングから二棟目という恵まれた場所に位置するのである。

2週間前に来たときから積雪がなく、そろそろ新雪が欲しいところであるが、天気予報は今週の金曜ごろ降りそうなことを言っている。しかしマンモスは北から来る寒気が架かるか、架からないかの境目になることが多く、それにより大きく天候が変わるので、予報も難しく外れることが多い。そのため我々は天気予報を気にしながらも、「雪を見るまでは信用しないからね」と言うのがマンモスでの正しい天気予報の聞き方と思っているのである。

 

キャニオン・ロッジから山に向かって左側の25番リフトに行き一本滑り、だんだんと右方向に移動していくことにする。途中で嘉藤組・ホワイト・マウンテンの仲間に出会う。何度も会っている斉藤さん、まゆみちゃんを始め、珍しく嘉藤さんの奥さん、そして今回は日本からの訪問者を加え総勢8人である。彼らも4日間いると言うので何本か一緒に滑り一度別れる。

山全体の中央に位置するところにマッコイ・ステーション呼ばれる大きなロッジある。2年前までミッド・シャレーと呼ばれていたが、マンモスの創業者マッコイさんの名前を付けて今はマッコイ・ステーションと呼ばれている。我々は大体ここで昼休みをとることにしているが、早めのランチを取っているとカールが我々を見つけてやって来た。エリックとその奥さんシンシア、そしてニールもいる。約1年ぶりの再会を祝い、佐野さんが日本酒入りの魔法瓶を取り出して皆に注いでやり乾杯する。ニールとは2年ぶり、彼は前のガールフレンドと別れ、今回は新しいガールフレンドと来ているという。彼いわく「ガールフレンドをアップ・グレードした」とのこと。その彼女はスキー・スクールに入っているそうで一緒にいなかった。

エリックは今回スキーを履いているが、もともとスキーもスノー・ボードも、どちらもこなす。スキーでスノーボード・パークのジャンプをしたいというので午後から一緒にローラーコーストを滑る。私も昔とった杵柄、このくらいのジャンプ台はスピードをコントロールすれば飛べるが、大きなジャンプは回数をこなしてだんだんと慣れていかないと出来ない。ヘルメットを被って半日飛んでみればかなりの高さまで飛べると思うが、怖さを知らない若い人には適わない、地元の子供たちは見事なトリック・ジャンプを決めて見せてくれる。

 

3時ごろコンドに戻り、夜のサンクスギィヴィング・ディナーに備え刺身と何種類かのマグロ料理を用意する。例年どおりカールのところに15人近く集まり夕食を共にすることになっており、ヴァージニアが朝から伝統的なサンクスギィヴィングの定番、七面鳥を料理しているそうである。今年は30ポンドもあるダチョウかと思うほど大きな七面鳥だそうである。
食事の前にエリックが来て言う。「ママが七面鳥を毎年用意するが、あんなに不味い物はない。マグロの刺身があれば七面鳥はいらない。でもせっかく料理してくれるので、食べる振りをするだけ」確かに七面鳥はバサバサしていて、口の肥えた現代ではけっして美味い料理とは言えないが、感謝祭には欠かせない伝統料理と言われているので私も食べるのは年に一度この時だけである。

さて食事は6時から、向かいのカールのところに行くとすでに見慣れた顔が集まっている。ワインでの乾杯から始まる。酒類の大手デストリビューター「ヤング」に38年勤めるジィーンが今年も良いワインを何種類も持ってきて説明をしながら振舞ってくれる。ワインのほかにも一本240ドルするというテキーラなどが次々に出てくる。料理の主役は七面鳥だが誰もが認める隠れた主役は山盛りのマグロの刺身である。食後恒例のコヨーテにマグロの頭や七面鳥の骨をやるため裏山に置きに行く。

 

その後我々の部屋に移った数人に、さらにいろんなつまみを出して盛り上がったところで今日の目玉料理を用意する。今日の目玉料理は私がこっそりと取っておいた「マグロの目玉」である。実はマグロの眼球部分はDHAというコレステロールを減らし血液をサラサラにし、しかも頭の老化を防ぐとか言う身体に良い成分を多く含み、話題になっている。しかし栄養剤としてではなく現物をそのまま食べるのはそのグロテスクな見てくれから勇気がいることである。これを焼いてまさに「目玉焼き」にして出したらコニーの孫、15歳のフェルとエリックが食べると言う。口に入れた2人は幾分怪訝な顔をしていたが見事に完食、勇気ある二人に感想を聞くと「塩辛い」と言う。それは私が塩をかけて料理したからである。私は何度か食べているが、味は生臭く、イカの塩辛に似ている。

ここからは大人の時間とコニーが迎えに来て連れて行かれたフェルは15歳という年齢、我々のところにまだ居たかったようで、その後も2度ほど皿を持って来たりして、何かと理由を付けてドアをノックするが皿だけ受け取って追い返す。

 

金曜日は朝のうちスキー場は空いていた。午後から嘉藤さんたちと滑る。しばらく雪が降っていないので良い雪を見つけるのが難しいが、裏側にあるコースの雪が良い。嘉藤さんからアドバイスをもらう。私は手首が悪いせいもあり手首を外側に返してしまうのが癖になっていると言うので、その後注意して滑るようにするが、意識していないと古い癖はなかなか抜けてくれない。

たまにアドバイスしてくれる人がいると有難い。元来、嘉藤さんはマンモスのインストラクターにもなかなかいないレベルのスキーヤーなので打って付けの存在である。嘉藤組の中でもとりわけスキーに嵌っている『雪女こと、まゆみちゃん』は休みも取らずに滑り続けている。聞けば日本からのスキー客を送って今日の午後には帰らなければならないとのこと。今夜から雪が降るというのに雪女としては後ろ髪を引かれる思いであろう。

 

夕方、佐野さんとペーパータオルを買いに車を出す。うちのシャモニーのコンドから半マイルほど下ったところに『ザ・ビレッジ』と呼ばれるマンモススキー場の経営母体であるイントラウエストの不動産部門が開発中の地域があり、キャニオン・ロッジとはゴンドラで結ばれている。昨シーズンまでそのビレッジの隣にあったジェネラル・ストアーがイントラウエストの不動産部門に買い取られ、その場所に今はコンドを建設中である。さらに1マイルほど下ったマンモスの街中に行けば普通の大きなマーケットがあるがビレッジ内に出来たと聞いたグロサリー・ストアを探して歩き廻ることにする。辺りはもうクリスマスのライティングがされていて、なんとなく華やいだ雰囲気である。やっと見つけて店内に入ると中は半分ガラガラ状態。聞けば昨日オープンしたばかりでまだ品揃えが出来ていないのだそうで、結局マンモスの街中まで行ってペーパータオルを買って帰ることとなった。ビレッジ内のグロサリー・ストアは品物が揃えば便利なので高くても買ってしまう。近くに競争相手がいないので、高いものを買わされ、間接的にイントラウエストにお金が落ちるようにという彼らの策に嵌りそうである。

 

朝の天気予報では金曜の夕方から2フィートの積雪があると言っていた。その予報が夕方には1フィートに減り、降り始めるのも夜中からとなった。夜中に何度も起きて外を見るが、なかなか降り始まらない。

まもなく夜が明けようという朝6時ごろから冷たい外気の中にチラチラと細かい雪晶が舞い始めた。待望の雪が降り始めたのである。これから我々が滑り始める時間までにどのくらい積もるかでコンディションが決まる。新雪が15センチくらい積もれば踏み固められた古い雪面が覆われ、その影響をほとんど感じずに滑れる。それ以下だとターンするたびに古い雪質を削ることになり、新雪のふわふわ感がなく、有り難味が半減する。8時前に一度車の雪を払いに外に出てみると積雪は10センチくらいになっている。あまり風はなく雪は激しく降り続けている。車の雪を払うそばから雪が車の表面を覆い隠す。このまま降り続ければ昼ごろには1フィートくらい積もるであろう。待ちきれないスキーヤー、スノーボーダーが早々と出かけて行く。

 

我々もいつもより早く8時半のオープンに会わせてキャニオン・ロッジに向かい、8時15分にはここで一番メインのリフトである16番のラインに並んでいたが、なかなかリフトにが動かない。いらいらし始めた頃やっとリフトに乗せ始めた。雪が激しく何とか視界が確保できるくらいで、山の上部は閉まっている。様子を見るためローラーコースへ下るが、風も出てきてサングラスの内側に雪が入って凍りつき、さらに視界を悪くする。キャニオン・ロッジに戻り天候待ちをすることにし、2人が休んでいる間に私はゴーグルを取りにシャモニーに戻ることにした。今日はゴーグルなしでは無理である。

午後からメイン・ロッジの方に向かって移動すると、ミル・カフェに向かうウォール・ストリートというコースがすごく良い。まだ荒らされていない1フィートほどの積もったばかりの雪が軽く、ふわふわとした雪に乗る感覚は最高である。こんな新雪を滑るときの気持ちとリズムは音楽で言えば少しゆったりとした優雅なワルツである。振り返れば滑った後は五線譜に書かれた楽譜にも似ている。ミル・カフェに着くとそこから先のスタンピィーのリフトが天候待ちで止まっている。つまりスキー場の半分が閉まっていて、それより先にいけない状態である。こんなことは珍しい事態だ。

しかたなくキャニオン・ロッジの方へ戻り、8番リフトの横、ブルージェーを滑り降りるとキャニオン・ロッジの前でカール、エリック、ニールと会う、時間はすでに2時半、我々にはもうあがっても良い時間であるが、一緒に滑ることにする。また16番リフトで上がり、それぞれが好きなコースを取って下りることになった。私はコースをトラバスして22番リフトの下まで行って滑りだす。他の仲間はさらに先に行った。思ったより荒らされていなくて気持ちよく滑れた。そのまま下に滑り降りてどうしようかと、22番の乗り場付近くで仲間を探すが見当たらない。もしやと思って無線で原ちゃんを呼び出すと「22番にのっていまーす」とのこと、原ちゃんが元気である。彼の履いているスキーは山岳スキー用のスキー、普段のゲレンデを滑るのには向いていないが、新雪では威力を発揮するようで雪に乗ったいい滑りをしている。山頂で彼らが左側25番方面へ林の中を下り始めたのを見たが、私は22番の真下を行くことにする。ここも滑り出しに「上級者のみ」の赤い看板が立てられている急斜面である。ふかふかした雪の中を滑る。リフトの下を降りて行くと途中でリフトの左側と右側のコースに分かれるところに出る。左の方が一般的、右のコースを取ると林の中の狭い谷のシュートを行くことになる。シュートとは狭く急な、あまり逃げ場のない場所のことである。どちらも急斜面であるがとりわけ右側のコースはマンモスでも最高級の難易度の斜面である。何人かが私の前を行く。こんな急斜面こそ腰が引けて体重の移動が後れないように心がけて滑る。結構凸凹が出来ているが雪質が柔らかいので滑りやすい。狭いシュートに入ってすぐ前を行くスキーヤーが「ロック!」と叫ぶ。スローダウンしてかろうじて雪の上に少し顔を出した岩を避ける。大体私の歳でこの斜面に来る人はあまりいないと思うが雪が良いと急斜面も気持ち良く滑られる。

 

急斜面では優雅なワルツどころでなく、まさに狂想曲であるが、やがて斜面が幾分なだらかになるとそのリズムはワルツになり、頭の中には『美しく蒼きドナウ』のメロディーが流れる。22番リフトの乗り場で佐野さん、原ちゃん、ニールに追いつくと、「すごく良かったよ」と彼らも感動している。あの原ちゃんが「もう一本行きましょう」とやる気満々。今度は全員で私の降りた正面を下りることにする。私が先頭で下りる。今回はリフトの左側を行くコースをとる。しかし急で長い22番リフトの下を2回続けて降りるのは私も始めてである。前回と違ってさすがに息が上がってアップアップである。後から来るはずの3人がなかなか来ない。無線を入れると林の中で休憩をとっているとのこと。喫煙家の彼らは一服して、しかも飲酒家の彼らはビールで一杯やっている気配である。待つこと7−8分やっと3人が下りてきたので今日のスキーは終わりである。4時まで滑ったのも数多いマンモス通いで何度もないことであるが、雪が良いと時間を忘れる。

 

二晩カールのところで夕食を一緒にしたので、今夜は別々にする。彼らは街に食事に出るようであるが、こちらは佐野さんの要望でカレーを作った。食事に出かける前にエリックとニールが顔を出す。彼らも明日帰るそうだが、元々彼らは各人のスケジュールが違うので総勢6人なのになんと4台の車で来ている。エリックは午後に帰るので午前中は我々と滑りたいと言う、しかしエリックが10時前に起きたのを見たことも聞いたこともない我々は「起れたらね」とそっけない。シンシアがトイレを借りに来た。スゥエーデン人の金髪美女であるが、よく言えば天真爛漫、「こんなに大きなウンチが出ちゃった」と手で示し屈託がない。

その夜、我々が寝ていたら夜間の1時半ごろドアをノックする音で私が起きてみると、酔っ払ったエリックとシンシアが「家のドアをノックしても誰もドアを開けてくれない、とりあえずタバコを一本貰えないか」とドアの前に立っている。原ちゃんのタバコ箱からタバコを一本あげると。しばらくしてドアを開けてもらったようでヴァージニアの声が聞こえて静かになった。エリックの最後の襲撃であったが、今回はヴァージニアに釘を刺されていたので、この程度の被害で済んだ。エリックは甘やかされて育ったお坊ちゃん、その親友ニールは早くから親をなくし、海軍に行って除隊後その奨学金で大学に行き医者を目指した苦労人。インターンの最終コースまでいったが、医者にはなれなかった。今2人はサンディエゴで古い建物を改造して売るという不動産開発をしている。エリックが社長であるが、ニールが必要なライセンスをとり、お金はヴァージニアが出しているようで、今、400万ドルの物件を持っていて、来年50%益しで転売の予定だという。知恵はニール、お金は母親、お坊ちゃんエリックは今後もたいした苦労せず人生を謳歌できる設計のようである。

 

翌朝起きると、佐野さんが「さっきまであったメガネがない」と探している。まずは額に載っていないかチェックしてあげるが、本当に見当たらない。そのうち出てくるだろうと取りあえずゲレンデに向かうため外に出るとカールが帰る支度をしているので挨拶する。我々と一緒に滑るはずのエリックは当然まだ夢の中である。

昨日の夕方で雪は止んでいるので昨日以上の雪は期待できないが、まだ新雪である。佐野さんが底力を出しウェストボールを休まずに上から滑り下りた。私も少し下方から下まで滑り下りる。新雪で大きなコブがないせいもあるが、普段は途中で休まないと滑りきれない斜面である。無理をしたせいで私は呼吸を整えるのにしばらくかかった。原ちゃんは持病の腰痛が出て来たとかで、昨日までの元気は何処へやら、4日目はいつもの原ちゃんに戻りしんがりを勤めている。

25番リフトに乗っているとリフト下の林の中で、コヨーテの子供がスノーボーダーに追いかけられ逃げている。我々は斜面を滑るのでも体力のなさを感じているのに、足でボーダーの追跡を振る切る。野生のパワーとは人間の体力の遥かに及ばないものであると改めて思う。その昔、人間も雪の中で眠り、彼らと同じ食うか食われるかの生活をしていたはずである。人間はいつの間にかその知恵で環境を変え、野生から遠く離れた軟弱な生き物になっている。

佐野さんのメガネは畳んだ寝袋の中から出て来た。連休最終日の夕方、帰り道は混んでいたが行きほどのことはない。車の中で早くも流れ始めたクリスマス・ソングを聴きながら4日間を振り返る。時には林の中を駆けるコヨーテのように、時にはドナウ河を流れる水のように、自然の中を自由に滑りまくった4日間、自然から人間が忘れていた生命力を少し貰ったような気がした。