キングス・キャニオン     小堺高志                 10−31−03

ここLAでも10月になり夏の暑さが消え、過ごしやすい日々が続いている。後一月ほどでスキーシーズンが始まる 。そう思うとあの冬の寒さが懐かしいこの頃である。

10月半ばの週末と月曜日に一日休暇をとり、2泊3日のキャンプに行って来た。行き先は北に4時間程行ったキングス・キャニオン国立公園。マンモスと同じシェラネヴァダ山脈の中にあるがいつもとは反対の西側から入っていく峡谷にある国立公園である。

10月10日の夜、サンタモニカの佐野さんの家に集まり、翌朝早くの出発である。10時半頃サンタモニカへ向かう途中、キャンプに行く前にすでにアクセル全開のよっぱらい斎藤ちゃんから携帯にメッセージが入っているが酔っ払っていて何を言っているか分からない。今回のメンバーは佐野さん、斎藤ちゃん、原ちゃんと私であるが、おりしも10日が満月である。満月の元、キャンブファイヤーを囲んで人生を語るが今回のテーマである。そして出来たら、あのあたりに沢山生息するという黒熊と相撲を取りたいと思ったりしているのであった。勿向、あちらが正々堂々とスポーツマンシップを尊重してくれたらの話であるが。とりわけ佐野さんは数年前マンモスで野生の熊とドア越に押し競饅頭をして引き分けに終わって以来、その勝敗を決する日を待っているのであった。

 

大量のキャンプ・ファイヤー用の薪とキャンプ用品、食糧等で多すぎて乗らないかと思い、2台の配車を考えていたが、原ちゃんのランド・クルーザーに全部荷物が載ったので一台で行けることになった。午前7時20分出発。

ベーカース・フィールドから北はサン・ワキン・バレーと言うアメリカ一番の農業地帯である。みかん、トウモロコシ、ぶどう、トマト、にんにく、玉ねぎ、綿花など等、ルート99沿いの畑にはありとあらゆる農産物が見られる。

キングス・キャニオンは巨大なセコイヤ杉で有名なセコイヤ国立公園の北に隣接しており、公園としては同じ入り口からはいる。2マイルほど進むとキングス・キャオンに下りていく道路に出る。キングスキャニオンは今から20数年前に来て以来、2度目である。そして初めて私が野生の熊を見たのがこのキングス・キャニオンであった。

 

長い下り坂を渓谷の底へと下りていくとの岸一面、林のなかに大きなキャンプ場がある。すでにシーズンを過ぎ、キャンプ場も一部閉鎖され、開いているこのキャンプ場も今週末で閉鎖されるとの事である。それでも、結構キャンパーが多勢来ている。

予算の削減で公園のレンジャーも減らされたのかチェックインも無人である。サイトを決め2日分$38ドルを封筒に入れ無人ポストに投函する。選んだサイトは102番、川からは少し離れているが背の高い樹に囲まれ、水場とトイレには近い。

車から荷物を降ろし、林の中に3張のテントを設営するとそれらしくなった。近くを散策し、河原に行くと川底に泥のない流れのせいかすばらしく透明な流れある清流でが少ないのか魚影見られない。

 

谷底の夕暮れは早い。早めの夕食をビールを飲みながら準備しランタンに灯を燈し、薪に火を付ける。夕食は斎藤ちゃんの持ってきたレトロ・カレーに缶詰スープ、それと各種おつまみ。私は新潟の酒、八海山を3合ほど持って来ていた。ここで斎藤ちゃんが一食分のお米しか持って来ていない事が判明、明日は鰻丼を予定していたのにどうなってしまうのか? それでもいろいろ探せばインスタント焼きそば、肉1キロほど、サンドイッチの材料、缶詰等々、それはそれは北朝鮮の食糧事情とは比較にならないほど裕福な食材が我々にはまだあるのである。

も更け、やがて樹の枝の間、上空に満月が顔を出す。そろそろ熊が出てきてもおかしくない時間である。そこでさつま芋を焼き、臭いで誘き出す作戦にでるが、敵もさる者、なかなか出てくる気配はない。

熊に出会ったらどう対処するか? 遠目に観察をするのが一番確実で安全な方法であるが、出会いがしら、というのがお互いにびっくりするので一番危険であろう

古典的回避方、俗に言う死んだまね、これは危ないらしい。奴はするどい爪で猫が鼠をいたぶるようにちょっかいを出してくる、そこで息をしているのがわかれば動物の習性として噛み付いてくる

次に樹の上に登ると言う方法、熊は以外と木登りが得意である。一方人間様は猿に近い格好をしている割に枝がないとなかなか登れるものではない。ちなみに熊は木登は結構得意だが下りるのは下手らしい。しかしそれはこの際弱点とはなりえない。

熊は以外と腕が中側に動かない作りになっており、懐に飛込んでしまば安全という説がある。しかし懐中に飛込んだ後どうするかが問題だ。以前熊と押し競饅頭をした事のある佐野さんは「そこはやはり金蹴りでしょう」とさすがに熊と実戦経験のある人の言葉は重みはあるがメス熊かもしれないし、熊の懐に飛び込む前に強烈な熊パンチをかわさなければならないので説得力はない

焼き芋が美味い。明日は金蹴りで倒した熊鍋かと話しだけは威勢がいい。

 

日曜の朝9時半頃、昼食のサンドイッチを持って山歩きに出発する。ちょっと風邪ぎみの私は最初から厳しい山歩きはいやだよと言ってある。キャニオンの一番奥まで車で行き、そこからは歩き。とりあえず片道1.9マイルのブブス・クリークという所まで行ってみて、その先のミスト滝まで行くかどうか決めようという言葉に従うことにする。

杉林の中の平坦な道を歩く。滝までは行ったことがあるが前回の記憶では後半は結構急斜面であった記憶があるのだがあまりにも昔のことで途中がどんな道であったか、あまり自信がない。道は谷底の平坦地を行き、右手に水の流れる音がする。短い草原の向うに川が流れているはずである。1時間ほどで右と左の谷から流れ出た川が合流するブブス・クリークについてしまった。登りがないのでいつの間にか着いてしまったという感じで、当然のごとく、そのままミスト滝に向かうことにする。ここからは道に少し岩があるが思っていたような急な登りはない。両側に林がありすぐ横を道と平行して川が流れている。岩場の上を流れる川である。途中で振り返ると展望が開き、ここが谷の底である事が分かる。

その滝は思い掛けないほど突然、目の前に現れた。目の前にある20メートルほどの高さと幅の白い滝、一瞬それが目指していたミスト滝と思わなかった。何人かのハイカーが滝の前で荷物を降ろして休んでいるのを見て20数年前に見たのがこの滝であったのを思い出した。岩を回り込んで滝のそばに行くと細かい霧雨のような滝しずくが顔を濡らす。滝の前の大きな岩の上で後から来るから原ちゃんを待つ、ちょうど正午を回ったところであった。昼ごはんを食べ、滝の上に行ってみたりして、しばらく休んで下山を始める。途中インド人の若者が水浴をしている。川をみると水浴をしたくなるのか?しかし水が冷たくて悲鳴を上げている。

 

先に行く原ちゃんから無線で「今すれ違った二人が少し前、川の対岸に熊を見たそうです」と言う連絡が入る。待っていましたと対岸を見ながら駆け足で先に進む。一緒の斉藤ちゃんは野生の熊を見たことがないので、びびりながらも、その瞬間を撮ろうとビデオを構えている。すぐに原ちゃんに追いついたが熊の姿はない。しかし斉藤ちゃんにはその後なんでも熊に見えるようで、風の音、茂みの中の岩を「熊じゃない?」と熊恐怖症の状態である。

駐車場まで戻ると、そこにこのキャンプ場唯一のロッジと売店がある。売店に入りパンとビールを買う。今日で売店も閉めるので酒類以外はすべて30%引きだという。ビールを1ダース買う。これはここで今飲むためのものである。

ロッジに続く誰もいない屋外パテオに木造の椅子とテーブルがあった。そこに座って乾杯する。「お疲れさん」林に囲まれたパテオに心地よい風が吹き抜ける。今日で閉鎖のロッジからひと夏働いた従事員たちが荷物を持って帰っていく。1ダースの冠ビールは一人で駆けつけ4缶などする者がいたりですぐに減っていく。二階のロッジから、なよなよした黒人が荷物を小脇に抱え、内股で降りてくる。「あれは絶対に、オカマだよ」と酒の肴にする悪い男達。

 

最後の夜は盛大に火を焚き、焼肉と野菜炒めにパン、スープ。結構気温が下がってくる。周りのキャンパーも明日は月曜なのでかなり減っており、林の中、離れた所にぽつぽつとキャンプ・ファイヤーが見える。月は出ているがキャンプ場の高い樹木のためさえぎられ回りは暗い。やがて原ちゃんと斉藤ちゃんがテントに入った後も私と佐野さんは火を囲んで熊を待っていた。

暗闇の中を突然、一人の男が尋ねてきた。いぶかる私たちに男は言う。「明日で帰るのだが、薪を買い過ぎたがいらないかい?」聞けばマリブからきたキャンパーだと言う。こちらは貰ってやるつもりで「じゃー、貰えるかな?」と気軽に答えると、「いや売りたいのだ」と、高級住宅街マリブの住人にしては、せこいことを言う。我々が断ると、「じゃあ良い。あげるから取りに来てくれ」と言う。暗闇のなかを100メートルほど先の煌々と光る彼のサイトのライトを目指して歩く。そこには彼の奥さんがいて、車から取った電源であたりをライトが明るく照らしている。ピックアップの荷台に薪が有り、そこから大きな薪を3本くれた。礼を言って別れたが意外とけちなマリブ人であった。

さて帰り道が分からなくなってしまった。遠くにキャンプファイヤーやらランタンの灯りがいくつか見えるがそれ以外の目標物が見えないのでその闇に浮かぶ灯りのどれが我々のサイトであるか分からない。足元を照らす懐中電気は1つ持っているが回りの位置関係がまったく分からないのである。かなり歩き回り98番とか100番のサイトはあるが、我々の102番のサイトの近くにいるのは分かるがなかなか辿り着かない。熊を探しながら行きの3倍くらい遠回りをしたが、無事に帰りつくことが出来た。

 

翌朝、コーヒーを飲んでいると予算削減のためか自転車に乗ったレェンジャーが通りかかる。実際は排気ガス問題とか、他の理由があるのであろうが、ブッシュさんがイラクで我々の税金を使い続けると本当にやがて徒歩で見廻りと言うことにもなりかねない。佐野さんが声をかける。「熊を見ないが、何処にいっちゃったのでしょう?」レェンジャーによれば、数年前から熊がキャンプ場で残飯荒らしをしないように、鉄板で出来たゴミ箱を造り鍵をつけ、さらに各サイトに鉄製の食糧貯蔵庫を作ったことにより、夜間の熊のキャンプサイトでの徘徊が少なくなり、ここでの熊を見る機会も、ぐっと減ったそうである。「熊を見たければセコイア・パークの方が確率は高いよ」と教えてくれた。

 

10時ごろセコイア・パーク経由で帰路に就く。ここには大きなセコイア杉が生育している。その中でも世界で一番容量が大きいのが。ジェネラル・シャーマンと呼ばれるセコイア杉で275フィート、1,385トンあるそうである。私は2度ほど来たことがあるので、車を止めてまっすぐジェネラル・シャーマンの方向に向かうと、他の3人は幾分違う方向に向かっているのでしょうがなく彼らの方に合流するべく歩いていくと彼らの後ろの4人ほどが山側の方を見ている。その視線の先40メートルくらいに2匹の黒熊が人から逃れるように歩いているのが見えた。3人に教えてあげると、臆病者斉藤ちゃんが急いでビデオカメラを抱えとずんずんと熊に近づいて行くのであった。今までの怖がり方はなんだったのか。カメラを持つと人格が変わる人がいるというが斉藤ちゃんがそうで有るとは知らなかった。斉藤ちゃんはカメラを構えたまま、しつこく熊を追っていく。カメラを持ってカムカッチャで熊を追い、食べられてしまったカメラマンがいたが、我々の声に我に返った斉藤ちゃんは熊まで20メートル位の至近距離近におり、やっと食べられる前に戻って来たのであった。

 

キャンプを楽しみ、人生を語り?熊を見て、ほぼこのキャンプの目的は達成された。久しぶりに自然に接し、草木の香りをいっぱいに吸い、森林浴を楽しんだ気がする。

しかし、風邪をひいている身で14.5キロを歩くという無理をしたので、その後3週間、いまだに軽い咳が残っている。そのためスキーシーズン前のこの時期に、今年はほとんどトレーニング出来ないでいる。マンモスのスキー場は11月8日が正式なオープニング・ディーである。

 

おわり

 

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