カタクリに願う

   2006年暮れ    小堺 高志

春先に高田公園極楽橋の東にある土塁の上を行くとカタクリの花の咲き誇る光景に遭遇できる。カタクリは早春に花の妖精を思わせる可憐なピンクの花を咲かせる野花である。自然に接して暮らした人はこの花を見つけその美しさに感動した経験をお持ちかと思うが近年そんな機会も少なくなっている。元々カタクリはここには生えていなかったし、ここでカタクリを見られると知る人は少ない、ましてなぜここに咲くようになったかを知る人はほとんどいない。

もう10数年前になろうか?金谷山の奥に上信越自動車道の建設と、その資材運搬のための道路が造られていた。中学の校長を退職して、きのこの研究をしていた父は頻繁にきのこの採集に出かけていた。ある日いつも見るカタクリの群生に向かい道路が切られていくのをみて、そのまま踏みつぶされてしまうのはあまりにも忍びないと、この群生を身近に誰もが見られる高田公園に移植することを思い立った。 それから金谷山に通い球根を掘り起こし、種を採り、自転車で公園に運んで植えたのである。カタクリは多年草の野草であるが種からだと8年、球根で植えてもその土壌に慣れ花を咲かせるのに3、4年かかる。この長期にわたる父の計画はやがてカタクリの群生を成し、春に美しい花を咲かせるようになったのである。

来年米寿を向かえる父はまだまだ元気であるが金谷山に行くこともめっきり少なくなった。息子の私はアメリカに暮らして30年が経ったが、季節感に乏しいカリフォルニアで懐かしいのは故郷上越の四季折々の美しい自然である。今、高田公園内には6箇所ほどのカタクリの群生が育ち、年々少しずつ生育地が広がっている。もっともっと増えてやがて公園の桜や蓮のように末永く人々に愛され、次世代への贈り物となってくれる事を遠い異国の地から願うのである。