乾杯              小堺高志     5−3−02

初夏を告げるジャカランダの紫色の花が咲きはじめた。ロスアンジェルスはこの時期、午前中は海からの冷たい空気による湿気で曇った天候が続いている。一歩郊外に出ると青空がまぶしく広がっているのに、午前中海岸沿いだけが曇っていて涼しいのである。

4月になって2週末続けてマンモスに行って来た。佐野さん、原ちゃんがメンバーであるが、膝痛、腰痛、腹痛、40肩、50肩、などなどまともにスキーの出来る人がいない。とりわけ佐野さんの膝が痛そうであるが、これはもう慢性の持病のようなもので、ここ毎年良くなったり悪くなったり。それもトレーニングのやりすぎで悪化させているのだから困ったものである。それでも片足をかばいながら滑っている。

そして4月26日、4月になって3度目のマンモス詣では、この時期すでにアメリカのほとんどのスキー場は閉っている。今年は昨年よりさらに雪解けが早く、例年6月の半ばまで滑れるマンモスも4月に入ってからの夏のような気温で毎週1フィートずつ雪が解け、5月末のメモリアル・ディーまで持つかどうかと言われている。それでも今回、事前の天気予報では嵐が来ており、平野部で雷雨があり山間部は雪、荒れた天候になると予測されている。実はこの週末は釣りのオープニングの日であり、頼さんも来るはずであったが、風が強くてフライ・フィッシュが出来ないと釣り専門の頼さんは判断し、直前に参加を取りやめたのであった。

金曜日の夕方、私と佐野さんがサンタ・モニカから先に出発し、その後を斎藤ちゃんと原ちゃんが追うこととなった。電話で彼らはランカスターで夕食を摂るという。我々は明るいうちにもっと先に進む事にして食事は途中で適当な所があったら止まることにする。

8時近く、太陽がシェラネバダ山脈の影に隠れたころ、反対側から満月が上がる。久しぶりに見る見事な満月であたりは明るく、月明かりでライトを消しても走れるほどである。

395号線上にあるオランチョの手前、デスバレーへの西の入り口近くにバーベキュウという看板を掲げたレストランがあった。最近出来たお店である。だいぶ通り過ぎてから「今のところにしようか?」と急遽200メートルほどバックで戻ってこのレストランに入ることにした。外からみれば中は結構繁盛しているようで賑やかである。中に入ると広々とした店内の真中に 12人ほどの団体さんが入っていた。騒がしく見えたのはこの団体のせいであり、それ以外の客は我々を除けば一人しかいない。

メニューを見ると”これは外れ”と早々と思わせるバーベキュウ・サンドイッチを中心とした粗末なメニューである。改めて店内を見渡せば内装も素人が造ったような安普請に見え、「美味い料理など期待できないよ」とお店の空気が語りかけている。しかしここでお店を出る勇気はすでにない。ビールも置いていないお店で、車から1本ビールを持ってきて飲む。メニューの中でそれでも一番高い$15.99というバーベキュウを頼むとサラダ・バーがついてくる。紙のお皿を持ってサラダを取りに行くと、品ぞろいもなく、そのドレッシングが笑ってしまうがマーケットで売っているドレシングがそのままのボトル入りで置かれているのであった。「これはド素人のやるバーベキューのレベルのレストランだね。メインも期待できないね」と覚悟を決める。

やがて出てきたメイン・デイッシュは青いトマトがばらばらの大きさに切られたものと、生あげのフレンチ・フライ、そしてこれをレストランのバーベキュウと言って良い物かどうか、焼かれたお肉の上にどう見ても市販のバーベキュウ・ソースと思われるソースがドバーとかけられただけのものであった。これで$15.99はないよね、しかし一度だけお代わり有りだとか。ついつい元を取ろうとお代りを頼んでしまったら、団体さんの世話で手が廻らなくなったようで、長々と待たされることとなった。団体さんたちも「もう絶対に、ここにはこないね」と言っている。 常連も、リピーターもなし、飛び込みの客だけでもっているレストランであることは明白である。

トイレと思われるドアを開けたらいきなり外に出てしまった。そこにはちょっと西部劇風の屋外にテーブルがあり、当然客がいないからビュービュー風吹くなか照明もなく、ゴーストタウンのような閑散としたスペースである。肝心のトイレは?と探すと別棟にトイレと書かれた建物がある。入ってみるとライトがつかない、中は真っ暗であり、外は満月で明るい、よってトイレの裏に回り、トイレの建物に向かって用を足したのであった。

やっと出てきたお代わりの一皿は、真っ黒にこげたお肉であった。なんとも驚いた料理であるが、どうやらド素人の経営する395号線沿いで一番の”外れ”レストランを探し当ててしまった様である。これまで何度か”外れ”レストランを見て来たが、これ以上の”外れ”を見つけるのはいいレストランを探すのと同様に難しいと思われる。かくなる上はお腹が痛くならないことを祈るだけである。

思わぬところで時間をくってしまった我々は小雪のちらつく中を 11時半ごろに定宿のコンドに着く。30分ほど遅れて原ちゃんの車も到着、翌日のスケジュールは朝6時くらいに起きてレーク・クローリーに行って釣りをして、午後からスキーをすると決定、2時間ほど飲んで就寝する。

翌朝は釣りのオープニング・ディーである。この日を待っていた釣り師たちが少しでも良い釣り場を確保するために、朝早くから釣り場に陣取っているはずである。レーク・クローリーの北岸に向かうとなんと入り口で車一台$6の入場料を徴収している。今まで払ったことがないし年間ライセンスにすでに31ドルも払っているので、予想外のことでちょっと腹が立つ。その上、湖の周りには遅く来た我々をあざ笑うかのように、隙間なく並んだ釣り人たち。この湖は大物がいるので人気がある、とりわけ釣り解禁日の今日は2千人からの釣り人がいると思われ、ちょっと見たところでは我々が入り込んで竿を振る場所はすでにない。

それでも、この場所をよく知る我々は、水面に落ちる急斜面を少し先にいけば我々4人くらいが入れる釣り場があることを知っている。その場所に行くには狭く滑りやすい崖を進まなければならない、一歩間違えたら湖にはまってしまう。斎藤ちゃんが偵察に行く、もしオッケイであれば合図を送ると言う。やがて両手を上げて丸い輪を作ってオッケイのサイン。我々は早速車から釣り道具を出して用意をし、わっせわっせとその釣り場にむかうが、後で聞けば斎藤ちゃん、返りに滑りやすい斜面で動けなくなり、後出しのバッテンサインを出したそうだが、我々はそんなのは見ていない。

滑りやすい、道なき斜面を一歩一歩慎重に進むが、左は切り立った崖、足元は滑り易く崩れ易い幾分粘土質の急斜面、右手の1メートル下は水面という、いつ滑り落ちてもおかしくない地形である。何とか全員が渡り切るとそこは草が生えた二畳くらいのスペースとその手前の水面近くに少し平らになった場所がある、もし魚が釣れたらこの平地で取り込めそうである。釣り場は確保できたが、斎藤ちゃんが言った通り帰り道の方が大変そうである。私はこの段階で全員が釣りの後、無事に戻れる確率は7割とみた、しかしそれは釣りを楽しんだ後で考えればいいことである。

糸をたらすといきなり斎藤ちゃんに引きがあり、一匹釣り上げる。そして5分とせずに私にもヒット、30センチほどの結構いい型のトラウトが釣れた。私としてはオープン早々にこんなに大物が釣れたのは初めてであり気分がいい。やはり危険を冒してこの場所に来た甲斐があったというものである。こんな時にも原ちゃんはしっかりと皆にビールを持って来てくれていた。かくいう私も魔法瓶に入れた熱燗を持って来ていた。これで足元がおぼつかなくなり、この危ない道を無事に戻れる確率がさらに低くなった気がする。

その時、新たに5人グループの釣り人が到着し、釣り場を探しながら、こちらに来ようとしている。こちらに来ても場所が我々だけで一杯なのにどうしようと言うのか?しかし天は我々に味方した、先頭の二人が滑って湖にはまる。まあ深さは膝に上くらいしかないのであるが、下が滑るので見事にこける。

そのうちの一人はご丁寧にさらに続けて2回も湖に滑り落ちて見せてくれるものだから周りの200人からの釣り人の視線を一身に受けている。這い上がっては落ち、這い上がっては落ちるその男に表向き同情の顔を見せながら、ほぼ200人ほどのそこに居合わせた釣り人全員が顔をそむけて笑っているか、笑いを必死に堪えているのが分る。我々も「それ見たものか」と、その滑稽な姿に声をひそめて笑う。これで諦めてくれてこの場所に侵略を企てる者はいなくなったのであるが、目の前で2人も落ちるとやはり我々も帰り道が恐い。ここでお池にはまったらさー大変、仲間といえども信用できない、笑いの種にされるに違いないのである。

佐野さんに大物中の大物がかかった。ジャンプしていいファイトを見せてくれる。後で測ったら45センチもあった。全員が釣って、トータル7匹になったところで、スキーのためにコンドに戻らなければならない時間になった。いよいよ恐怖の帰り道である。只でも滑り易い所を先ほどのばか者どもが足場を崩しさらに悪くしてくれた。原ちゃんが先のとがった竿立てを使って崖を削り、足場を作りながら進む。わずか20メートルほどであるが、途中の3歩くらいがかなりやばい。それでも足場を作りながら進む方法が良かったのか全員無事に戻ることが出来たのであった。

コンドに戻ると斎藤ちゃんが持ってきたマグロと寿司飯でマグロの握りと鉄火巻きを作ってくれた。昼間から優雅な食事である。

釣りをしている間は、太陽の日が強くあたり、暑くてたまらなかった。スキーは昨日わずかな積雪があったとは言い、この暑さでスプリング・コンデションのべたべたした雪であろうと想像していたが、行ってびっくり、見てびっくり、金曜に降った季節外れの新雪は、山にかかった雲に守られ、真冬の雪質に引けを取らないパウダー・スノーであった。斎藤ちゃんがスキー靴をコンドに忘れて来たので取りに帰るというので、待ちきれない私と佐野さんはスタンピーアレイのリフト乗り場から入り、先に滑っていることにする。

風が強く山頂は開いていないがこの時期に嬉しいこの雪質、リフトを待つどのスキーヤーの顔も、輝いている。佐野さんの膝の具合もはぼ回復しているようである。一度メインロッジに降り、ブロードウエイと呼ばれる1番リフトの下を滑る。上が開いていないので、一番リフトの真下は今日の中では数少ないブラックダイヤモンドの急斜面である。両側に岩場があり、時たま凍ったスポットがあるが、全体に雪質がよく、エッジが切れるのでエキサイチングな地形で面白いスキーができた。

さらに一本フェース斜面を滑り、そろそろ彼らが戻る頃と思い、スタンピーアレイに向かう。彼らがリフトから私を見つけられるようにとリフトの真下を滑って行くと、リフトで上がってくる2人を見つけた。しかし彼らはこちらを見ていない。リフトに乗って追うと途中で原ちゃんに会い上から声をかける。上で5分ほど待ってやっと合流。マッコイ・ステーションの裏手の急斜面を滑ると、ちょっと重たいが結構深い新雪である。休憩を取ることにするが、シーズンパスを持たない斎藤ちゃんは45ドル払った元を取ると言って休まずに滑っている。

私だけ先に斎藤ちゃんに合流する、すでに短期間で 11回リフトに乗っているそうで「目標15回」とかと言っている。斎藤ちゃんのスキーは休まずに同じリズムで滑りつづけるタイプで仲間うちでは休みの多い原ちゃんの滑るリズムとは一番合わないと思う。彼ら2人だけでスキーをするのは互いにペースを崩すこととなり、おそらく2−3本が限度であろう。私は斎藤ちゃんのペースに合わせ目標の15本まで付き合うことにする。コース取りを私に任せるというのでフェースの斜面を中心になるべく毎回変化にとんだコース取りをして滑る。振り返ればちゃんと斎藤ちゃんは付いて来ている。この男本当に体力はあるので感心する。伊達にマラソンをやっていないね。16本目で駐車場に戻ると車のワイパーに「先に帰っています」という佐野さんのメモがあって、既に原ちゃんの車はなかった。

さて、コンドに戻ると宴の始まり、乾杯である。今回は5リッターの生ビール樽がある、それをスパに持って行って「マンモスの雪と湖の魚に乾杯!」

スパからは既に閉っている22番リフトの斜面の一部が見える。5リットル樽は結構飲みごたえがあると思っていたが見る間に空になっていった。

すき焼きと、釣った獲物のトラウトを2匹焼いて食べる。

翌朝、斎藤ちゃんと原ちゃんは最初からスキーをせずにホット・クリークに釣りに行き、私と佐野さんはスキーに行くことになった。11時過ぎに集合することにして佐野さんとスキー場へ行きリフトラインに並ぶが、8時からと思った開始時間が8時半からで、そのまま20分以上待たされてしまった。しかしリフトから降りてすぐ、昨日開いていなかった山頂にいくゴンドラが動き出したので、マッコイ・ステーションからのゴンドラに乗る。途中から下を見ると、ちょうど先に着いたスキーヤーたちが山頂から滑り降り始めたとろで、ゴンドラの我々の熱気も最高潮、誰もがこの季節のこの雪に感謝している。

一番一般的なコーニースの斜面に向かうと途中我々を追い越した一人のスキーヤーがオーバーハングした斜面の上をそのままのスピードでXクロスを決めて飛び降りていく、映像の一場面のように美しく決めてくれた。

コーニースの雪質はいくぶん風で固められ、重く滑り難い雪であった。2週間運動していなかったので足が疲れる。すぐにもう一度ゴンドラに乗って山頂に戻ると今度はゴンドラのすぐ下の斜面を降りる、ここは柔らかい雪で滑り易い。佐野さんも今回は膝がかなり良くなって、久しぶりに思い切り滑れる状態になり、楽しそうである。

時間はすぐに11時になってしまったので、最後にウエストボールから駐車場のあるミルカフェーへと降りることにする。いつもはパンブの凸凹だらけの斜面であるが、今回はバンプの出来始めで凸凹はそんなに大きくない。佐野さんが先に滑っていく。普段はウエストボールの斜面は途中一度休まないときついコースであるが、あれ!佐野さんが止まらずに先を行く、バンプが小さいとはいいどうやら膝の調子のいい佐野さんはノンストップを狙っているようである。そうであれば私も追うしかない、手を抜かないショート・ターンでウェストボールを滑りきる。佐野さんはまだ止まらないでミルカフェーの方へと向かっている。そのまま一気に下まで降りるつもりか?私も追う。疲れているが雪がいいので気持ちよく滑り続ける。やっとミルカフェに降りると佐野さんはそのままトイレに駆け込む、そういうことかと納得。

時間は短かったが充実したスキーであった。何よりも久しぶりに佐野さんの力強い滑りを見せてもらったのが嬉しい。

私としては誰とでもある程度滑りのペースは合わせられるが、20年以上一緒に滑っている彼はリズムもペースも自然に合う、掛け替えのないスキーメートである。まもなくスキーシーズンも終わりに近い、斎藤ちゃんと原ちゃんは今回でスキーを持って帰るが、私と佐野さんのスキーはまだコンドのロッカーに入ったままである。

まもなく5月、2週間後のコンデェションはどうなっているか分らないが、スキー場が開いている限り、まだまだ滑り続けたいのである。

春の雪にもう一度「乾杯!」