初すべり        小堺高志            12・12・03

今年のマンモスの公式なオープニング・ディーは11月8日、土曜日であった。佐野さんと斉藤ちゃんの息子ブライアンとその友達アンディーを連れて、オープニング・ディーの週末とその後の感謝祭の連休とで11月中に2回マンモスに行ってきた。

 

我々スキ−ヤーにとり、初滑りとは新年最初の滑りではなく、シーズン最初のすべりを初滑りと言う。年末にスキーに行かない人には新年初めての滑りがシーズンの初すべりとなるケースもあろうが、私には新年まで滑らなかったシーズンの記憶は少ない。

 

新しいスキーやブーツをはじめて使う時も初すべりという言葉が相応しいと思う。その意味で、今回はまさにシーズン初日に新しいスキーをはいた初すべりであった。

ドイツのスキーメーカーVolkl(フォルクル)のバインディング一体型のスーパー・スポーツ・6スターズを佐野さんを誘い一緒に同じモデルを買った。私がここ8年くらいスキーを買うレドンド・ビーチにある専門店のオーナー、リチャードは普段はキングス・ハーバーに係留するヨットに暮らし、マンモスにも別荘を持ち、仕事もほとんど従業員にまかせという我々もあこがれる優雅な生活をしている人である。私がスキー雑誌等で選んだこのモデルは彼の薦めるモデルでもあり、リチャードの店に行った時には殆ど迷うことなくこの6スターズに決めたが、迷ったのは長さであった。近年カービィング・スキーが出て以来、必要とされるスキーの長さはどんどん短くなり、この6スターズは立って鼻までの長さがあれば良いという。リチャードのお薦めは161cmであった。スキーが短くなってもエッジの接地面が従来の180センチのスキーより長く、十分な安定性があるという。この6年ほど170センチくらいの長さのカービング・スキーに乗っている私であるが、この際リチャードの言葉に従い、さらに10センチほど短い161センチを買ったのである。

 

オープニングの日はメイン・ロッジの前のブロードウエイとその上のフェースの裏面があいているだけであった。それでもその夜からの雪で翌日スタンピィーが開いた。まだ雪が浅いので限られたメインのコースから外れると障害物が多くスキーを傷つけてしまう。新しいスキーはほぼ思った通りに反応してくれる。短さを感じさせない安定感とグリップのよさ、扱いやすいスキーであるが、上級者用なので短いのに攻撃的に使えばちゃんと応えてくれる。その反応に負けないようにスキーと同時に前に進む感覚で乗るように心がける。モーグルも試し、後は深雪を試して見たいがまだその機会に恵まれない。

 

2週間をおいて感謝祭の前夜、シャモニーに着くとドアの前に向かいのコンドを持つカールが置いた大きなアイス・ボックスがある。中にはマグロとはまちが入っている。2日前友人が釣ってサンディエゴ港に上ったのを氷づけにした新鮮な魚である。いつでもマグロを丸ごとくれる友人が何人もいるというのもすごい話であるが、おかげで感謝祭のディナーは毎年刺身パーティーとなる。

 

感謝祭の日、昨日からオープンしたキャニオン・ロッジからゲレンデに出る。歩いて1ブロックでいけるので前回とは大違い。新しいスキーの性能を確認し、馴染ませる作業は普段は物足りない斜面でもそれなりに面白い。でも初滑りから数回は毎年、いくらトレーニングをして望んでも筋肉の疲れを感じる。まして今年は風邪をこじらせてトレーニング不足。佐野さんも今シーズンはスキー・ブーツも買い換えたのだが、まだ足に慣れてこず痛いそうで、すぐに休憩コールが入る。

 

その夜、向かいのカールの家には15人ほど集まり5時半からパーティーが始まった。私は刺身とカレーとハマチの酢豚風料理を持っていく。カールの奥さんヴァージニアが伝統的サンクスギビィング・ディナーである七面鳥料理などを用意してくれた。

カールは毎年良くもと思うくらい、いろんな人を連れてくるため、今回も初めて会う人が数人いた。そしてカールの息子、パーティー男のエリック。エリックは2年前にスエーデン人の奥さんシンシアと一緒に初めて我々に会い、昨年会った時にはシンシアとは別れたと聞いていたが、今回シンシアらしき女性と来ている。しかもわけの分からないことに友達というから、こういうときは注意しないといけない。その一言が修羅場への一言となりかねない。佐野さんに「彼女、前の奥さんだよね?」と確認をとるが、佐野さんも確信がもてない。会話をすればやはりスゥエーデンなまりの可愛い英語を話すからシンシアであると確認が取れた。二人の関係はどうなっているのか気になるが、とりあえずは頼が戻っているようなのであまり探らないことにする。

一年ぶりの再会であるがエリックはあいかわらず面白い。もう30歳になるがマンモスに来て2日間ティーンエイジャー用のリフト・チケットで滑ったが未だに捕まっていないと嘯く。さらにスゥエーデンに5年間留学してビジネスのマスターを取った苦学生エリックは、サンヂィエゴでは英語、スゥエーデン語、イタリア語、スペイン語の4カ国がぺらぺらと言うことになっているが、酔っ払ったシンシアに言わせれば、「スゥエーデンで取った学位は英語の講座で取った学位であり、スゥエーデン語の実力は4歳児くらい、その他のイタリア語、スペイン語にいたっては片言くらいで、その基準で行けば誰でもすぐに数ヶ国語を話せることになる」と、厳しい指摘に、だんだんとぼろが出てくる。

その後、我々のユニットに場所を変え、私は寝てしまったが、午前1時にシンシアが迎えに来るまで佐野さんがホストをしていたようである。昨年は私が遅くまで相手をした覚えがあるのでおあいこである。

 

マンモスは今年、うちのコンドから半マイルほど下ったところにザ・ヴィレッジというショッピングモールとコンドのある一帯を新たに建設した。この一角だけカナダのウイスラーに似たしゃれた街並みになっており、うちのコンドの窓からも見えるヴィレッジ・ゴンドラという新しく出来たゴンドラでキャニオン・ロッジと直接結ばれている。26日は夕方5時半からそのビレッジ・センターでマンモスの開設50周年記念行事が行われると言うので佐野さんと夕飯前にゴンドラで下りてみる。ゴンドラは夕闇の中、眼下にうちのコンドや別荘の灯りを見ながら10分ほど下りると、ザ・ヴィレッジに到着する。外からは何時もみていたが、完成後実際に歩いてみるのは始めてである。ちょっと高級なお店もあるが、庶民のスキー場であることをスキー場の経営母体であり、カナダのウイスラーの経営もするイントラ・ウェスト社には忘れて欲しくないものである。バーで一杯飲んでから会場に行くと、カール達が居た。やがて無料シャンペンが振舞われ、記念式典が始まる。50年前はじめてここにスキー場を造ったディーブ・マッコイさんの銅像の除幕式があり、次いでその本人の挨拶。80歳を越えたマンモス・スキー場を作った熱きスキーヤーの50年を振り返る挨拶はなかなか感動的であった。花火が上がり、その硝煙の匂いを後にしてまた暗闇の中をゴンドラに乗って帰る。闇に浮かぶ明かりが暖かいが幾分風が強い。

 

翌日、昨夜の風でかなり表面の雪が吹き飛ばされたようで、山頂に行ったら、ところどころめちゃくちゃにアイシーなところがある。ニュー・スキーはそれなりにグリップしてくれるがスケート・リンクのような雪面ならぬ氷面では面白くない。唯一ウエスト・ボールのモーグルが面白いが、まだ十分には雪がカバーしていない。

 

先日ゴンドラに乗って思いついたのであるが、これからはザ・ビレッジまでゴンドラで下りて昼食を摂ってからゲレンデに戻ると言うのもありである。さっそく、それを実践するべく、ゴンドラに乗ってザ・ビレッジに昼食を食べに行く。

例によって、つまみ兼食事を取りながら新しく出来たアジアン・テーストのレストランのバーの止まり木でストレッチナヤ・マティーニなどを飲んでいると隣にカップルが座り「濁り酒」など頼んでいる。ちょっと意外であるがアジアをテーマにプロデュースされた店だから「濁り酒」があってもおかしくはないが、ここで濁り酒を飲む人には興味が湧く。話かけると二人はカリフォルニアとフロリダというアメリカ大陸の西と東で遠距離恋愛をするカップル。なんと同じシャモニーにコンドを持つ住民と分かる。一緒に飲むうちに、いい気持ちになっている佐野さんが彼らを今夜の夕食に誘う。二人はフロリダから来たブラッドとカリフォルニアのオックスナードから来たロンダと名乗った。

いつものことであるが佐野さんは日本食に興味名ある人などいたら気軽に誰でも食事に誘う。私も心得たものでディナーを1.5倍にするくらいのマジックはいつでも用意しているが、それ以上になると大変である。適当にストップをかけないと、佐野さんは気が合えば10人くらい誘いかねない。さすがにアメリカ人でもわずかな時間での話のなかで誘われても10人誘って2人くらいしか来ないが、今回は同じコンドの住民、本当に来そうである。何か持っていくものは?と聞かれたので、もし来るなら、と残り少ないビールをお願いする。ゲレンデにもどった佐野さんはもう一人リフトで一緒になった人にも声をかけようとしたがその前に姿を見失った。

一計を案じた私はカール夫妻に声をかける。エリックはすでに今朝サン・ヂェゴに帰ってしまったが「今夜は残り物パーティーをうちでやるので何でも良いから、残り物を持って集まってくれ」というとカールは常に我々と食事をしたいので喜んでオーケーする。

6時半からの食卓は、残っていた刺身と新たに作ったカレー、味噌汁にその他残り物と、バージニアが持って来てくれた食物で結構いっぱいになった。ブレッドとロンダ、ロンダの8歳になる息子がやってきて、総勢は9名。箸の持ち方から刺身の食べ方まで教えて、ブレッドとロンダの息子は初体験だそうで楽しそうである。

 

そういえば 今回のタイトルは初すべり、そのタイトルで触れなければならないもうひとつ大切なことを忘れていた。人生における初体験という意味の初すべりである。

以前から私は「気がついたらスキーを履いていたので、初めてスキーを履いたときの事は覚えていない」と言っているが、おそらくは3歳のとき、それが何処であったかは知っている。

そのころ住んでいた雪国越後の十日町市学校町、ある冬の晴天の日、家の前の路上であったはずである。そしてそこには暖かく見守る両親と一歳年上の兄がいたはずである。最初は道路、やがて家の周りの坂道を滑るようになるが、すべてはその両親が買い与えてくれた40センチくらいの長さのスキーからスタートしたのである。その近所で私にとり最も難しいコースとは裏山の諏訪様神社に登る坂道。その頃の私にとってしばらくはその坂が最高のブラック・ダイヤモンドであった。その坂の上に立った緊張感はいまでも思い出せる。雪国に育ち、その後もずっとスキーを続けられる環境にあった事に何よりも感謝したい。同じ雪国の環境に育っても私の2歳違いの弟のようにほとんどスキーをしない人もたくさんいる。私の弟の場合は2歳と言う年齢差が大きく、その頃の兄や私についてこられなかったことがなかなか彼をスキーに向かわせなかった原因と思う。

スキーを続ける上で重要なことは一緒に滑る人が居ることである。もちろん団体競技ではないので私も一人で滑りに行ったことは何度もある。スキーはお金のかかるスポーツである。長く続けるためには経済的、時間的な余裕はもちろんであるが、なによりも大切な条件は気の置けないスキーメートが居ることである。私の場合は兄がいて、アメリカに来てからは貞やんがいて、そして今、佐野さんがいる。

さて今シーズンも私のスキー三昧の始まりである。佐野さんも新しいスキーとブーツがだいぶ馴染んできたようである。よいシーズンになることを心から祈る。

 

おわり