春の兆し    4月28日      小堺 高志

4月中旬、日本では桜前線が北上して、私の故郷新潟でも満開の季節である。

3月11日に、3度目になる喉の手術をUCLAで受けた。良性の腫瘍と言われているが再発を繰り返し、なかなか完治しない。手術後の検査でもまだ腫瘍はあると言われ、自然の消滅を待つしかないようであるが回復の兆しが見えないのが辛いところである。

 

1月以来、2ヶ月半ぶりでマンモスに行くことにする。

集合場所の佐野さんのところに行くと懐かしい客人がいた。佐野さんの古い友達で1年ほど前に日本に永住帰国したと聞いていたノビさんが遊びに来ていた。日本では経済的な心配もなく、新居を建て悠々自適に暮らしていると思っていたが、いざ日本に住むとアメリカで何ごとにも気兼ねなく暮らしていた身には、いろいろと暮らし難い思いが出てくるのだそうである。よって2カ月おきにアメリカと日本を行き来して暮らしたいと言う。そういう選択の出来る人は、それはそれで恵まれた生活だと思うのであるが、どちらかで満足して暮らすほうが幸せなのかもしれない。 

 

声帯を休ませるため注射で麻痺させて、わざと声がほとんど出ない状態にしているので、小さな囁き声しか出せない。周りが楽しそうにしていればそれだけ私も会話に参加したいという思いが増すので、今回のスキーはなるべく地味にしてもらいたいのである。さらに当分お酒を飲まないようにしているので、目の前であまり旨そうにお酒を飲むのも謹んで欲しい。周りの協力があれば今回は、宴会はもちろん、会話も少ない、極めて地味なスキー旅行になるはずである。

久しぶりに走るマンモスへの道は空いていた。渋滞で止まることもなく夕方6時半にサンタモニカを出て、7時40分くらいにはモハベのピザ屋さんに夕食にはいっていた。原ちゃんがピッチャーのビールを頼むが私は飲めない。昼間、メールで「今回は私の目の前でビールを旨そうに飲むのは慎みましょう」とお願いしていたのだが、早速掟破りのぐい飲みである!

インディペンデントで運転を変わってもらって、後部座席でうとうとしているとマンモスに着いたのは日付が変わる12時くらいであった。夕食の時間を差し引けば5時間くらいで着いたことになる。金曜の夜、この時間帯で行きに5時間と言うのは新記録かもしれない。サンタモニカからマンモスまでは325マイル(1マイル=1.6キロ)ある。最近はあまり速度違反のチケットを貰わなくなったが、これまでにかなり投資して来ている。そして学んだことは80マイル以下で走っていれば、ほとんど捕まることはないと言うことである。これは以前捕まった警官に聞いたことである。制限速度65マイルで80マイル以下なら100%ではないが捕まえないと教わったので、なるべく80マイルにクルーザーをセットして走るようにしている。しかしその後、80マイルで一度捕まっているので79マイル以下らしい。とは言い、気づかぬうちにスピードが出てしまっていたり、追い越しの際ついスピードを出しすぎたりすることはある。私の車でもアクセルを踏み込めば時速80マイルから100マイルまで10秒くらいで引っ張れるのである。

 

さてマンモスに着き私が明日の夕食の下ごしらえをしている間、佐野さんと原ちゃんはマティーニなどを飲んでいる。私が飲まないと前回のボトルがまだ空いていない。佐野さんがいつも使うベッドルームのベッドを今日は私に譲ってくれた。

2時くらいに就寝。今回は静かなスキーになりそうだと、眠りについてすぐ、リビングがやけに騒がしい。時間を見れば2時半、こんな時間に何事と出てみるとパーティー男エリックが奥さんのシンシアともう一人の友人と乗り込んで来ている。向かいの住人カールの息子である。カールも来ているらしい。そんなことは聞いていないよ、今回は地味にいくんだから。

エリックが友達を紹介する。「俺、日本食と彼らを愛しているんだよね」などというものだから「エリック、そんなことを言うからサンディエゴ界隈ではエリック、バイセクシャル疑惑説があるらしいじゃない」。「そうかもしれない」とか自分で言うが、彼の女性好きは万人の知るところである。エリックがスゥェーデンに留学していて出会ったシンシアと結婚したので彼の周りにはスゥェーデン人の友達が多い。今日紹介された同行の友人もトビーというスゥェーデン人。ザ・ヴィッレジのクラブで午前2時まで飲んでいて、8人のスゥェーデン美女と会って盛り上がっていたという。「8人全員の電話番号持っているから明日呼び出す?」とエリック、奥さんのシンシアがいてもこれである。シンシアもあまり気にしているそぶりがないからおかしい。私もスゥェーデンを2週間ほど旅行したことがあるが、そのときに分からないで最近やっと分かったこと、『スゥェーデン人はアメリカ人以上にクレージーである』

3時ごろ彼らが引き上げた後、今回は地味なはずだったのにと言う私に佐野さん「カールが来ているのは知っていたけど、エリックまで来ているのは知らなかった。さっきもドアを遠慮しながら小さな音でコツコツと叩く人がいて、いつまでも続くので誰か間違えてノックしているのかと、つい開けてしまった」と狼に騙された赤頭巾ちゃんのようなことを言うのである。

 

翌朝、外を見ると抜けるような青空が我々を招いているが、昨夜のこともあり、滑り始めたのは10時近く。まだ昨夜凍った雪が硬くて面白くない。すぐにマッコイステーションに入って、もうすこし雪が軟らかくなるのを待つことにする。窓際に座っていると30人ほどの水着姿の男女がゲレンデを滑り降りていくのが見えた。半分はビキニ姿の女性である。学生たちのパフォーマンスであろうか、今の時期の、カリフォルニアのスキー場でなければありえない風景である。一瞬周りが華やいで騒がしくなる。一日中あの格好で滑るのはまだきついが、瞬間芸のような一滑りに並々ならぬエネルギーを注ぎこみ、これだけの人数でやってしまう若さは凄い。

ゲレンデに出てメインロッジの向かいのレースコースで私がカールをみつけると佐野さんが話しかける。彼は水曜日から来てサンディエゴ スキークラブのレースを主催している。

メンバーは400人くらいいると聞いているスキークラブのカールは副会長である、、、らしい。今回、方々でエリックがレースに出ると吹聴して来たのでエリックも来ざるを得なかったようであるがエリックの出るレースは11時半から、今11時05分いまだにエリックは現れず、ちょっと心配になり始めたところである。カールと一本一緒に滑って、昼にマッコイステーションで会う約束をして別れる。

何本か滑ってマッコイに入ると入り口近くのテーブルに嘉藤さんがいた。今回も日本から二人の女性客が来ていて、女性二人はメインロッジ近くのマンモス マウンテン インに2週間滞在し、嘉藤さんは週末ごとにロスから日本食等の差し入れとスキーのレッスンに通っているのだと言う。

空いているテーブルを探しさらに奥に進むと、ヘレンさん、コニーさんたちの座るテーブルから声がかかる。カールの友達で何度も会っている人たちである。ヘレンさんは84歳という高齢ながら、今日も元気に滑っている。スキーは斜面と滑り方を選べば運動量を調整出来、何歳になっても出来るスポーツのようである。しかし今 我々がやっているスキーはまだまだ激しいスポーツである。

 

カールによれば今日の3時半からマンモス・スキー場主催のスキークラブへの感謝パーティーがキャニオン・ロッジの4階であるという。飲み放題、食べ放題でサンディゴ・スキークラブで余っているチケットがあるから我々3人も来ないか?と誘われた。「佐野さんどうする。時間も早いし、一度シャモニーに帰ってから来てみる?」マンモスの主催で、カールの誘い、どうせたいしたパーティーでないのは分かっているが夕飯までの時間つぶしに後で参加してみる事にする。

エリックたちが僕らのテーブルに合流し、昼食の後、一緒に山の裏側にある14番リフトに行くことになった。さらに強くなった日差しで雪が軟らかくなり、滑りやすくなっている。

今年はいつも滑れない14番の上部の岩肌にも雪が付いて滑れる状態になっている。もう4月の半ば、ほとんどのスキー場はしまっているのに、ここマンモスにはまだたくさんの雪が残っている。私の知る限りでは最も大量の雪が残っている4月である。この分だと今年のマンモスは7月までオープンしている予定だと聞いている。

 

23番裏の広い斜面をそれぞれ自由滑降して、途中で全員集合してまた滑り出す。

14番を3本ほどエリックに付き合い、我々はそろそろ上がることにして別れる。14番リフトの降り口から長い長いトラバース(斜面を斜めに横切る)をしてキャニオン・ロッジに向かう。今日の最後をどの斜面で降りるか、気持ち良く滑れるモーグルの良い斜面を探して先に進む。いつもの16番下ザ・アクトの斜面に良いモーグルのバンプ(凸凹)が出来ているがさらに先に進んで8番リフト下のレッドウイングを目指す。途中で後方にいた佐野さんから声がかかりノーの合図、狙っていたレッドウイングの斜面が見えたがグルームされていて今日はバンプが無い。しょうがなく22番リフトの下を滑ることにする。ここにもバンプはあるが、この斜面のはいつも不規則なバンプが多い。これなら先ほどのアクトの斜面を滑った方が良かったかもしれない。その日最後の滑りはお気に入りの斜面で、満足いく滑りで決めたいのである。

 

シャモニーで着替え、4時くらいにキャニオン・ロッジに戻り、スキークラブの感謝パーティーにメンバーでないのに潜り込むことにする。4階の会場入り口にはすでに長い列が出来ている。入るためには中にいるカールを呼び出して胸に付けるネームプレートを貰わなければならないが、携帯でなかなか連絡が取れない。「本当に来るとは思わなかった、なんて言われるんじゃないだろうね」。そのうち入り口の係員がいなくなった隙に会場に入ってしまった。中でカールに会いカールがかき集めてきたネームプレートとドリンクの引換券をもらう。サンディエゴ スキークラブの余ったカードを貰っているので佐野さんのネームプレートにはコニー スミスと名前が入っているし、原ちゃんはビル何がし。私はどうせこれだけ混んでいたら意味がないからと付けていない。引換券を持ってバーに行ってドリンクを貰うのだが、その列が混んでいる時のリフト ライン以上に長い。私は飲まないので食べ物をとりに行く。揚げ餃子、揚げ春巻きだとか鳥肉のから揚げ、揚げ物がやたら多いところをみるとかなりやばくなった食材を使って安く上げているのであろう。大体において油で揚げて熱を通せばかなり古くなった物でも食中毒は起こさないというのが定説である。イモ洗いのようなラインから佐野さんと原ちゃんが2杯ずつドリンクをもって抜け出してきた。二人とも「もう一度並ぶ気がしないからこれだけ飲んで早々に退散しよう」と言う。サンディエゴ スキークラブの皆がいるところに行き挨拶をして15分くらい居て引き上げることにする。カールが「良いパーティーだったな」とかと訳の分からないことを言う。やはりカールの話は半分に聞いておいて正解である。大体、我々が想像した通りのパーティーであった。

その後、何人かがうちのコンドに来て飲みなおすが、私はもっぱら聞き役。日本食なら何でも食べてみたいエリックとフィルに今回持ってきている納豆を食べさせてみる。私が出す生くさい物でも何でも食べて来たこの二人、どうも納豆はあまり好きになれないようである。私にいわせれば、あんな揚げ物を食べられたら、それこそ何でも食べられると思うのであるが?

 

日曜日、曇っていて昨日と比べ寒そうな天候である。春先の山ではわずかな違いで冬と春の気候を行き来する。9時ごろに東側の斜面から滑り始める。陽があたっていればマンモスのスキー場で一番先に雪が和み軟らかく滑りやすいコンデションになるはずの斜面であるが、25番のリフト乗り場に向かう斜面は固い。せっかくグルーム(雪上車に大きなローラーと鉄製の熊手みたいな物をつけて引きずって雪面を均すこと。その際表面の硬い雪を砕くので少し新雪っぽくなる)してあるのに、グルームしてから時間がたって凍ってバリバリになっている。原ちゃんが「洗濯板の上を滑っているみたいですね」という。洗濯板などと言う言葉も洗濯機が出る前を知る我々の世代までしか知らない言葉になっているのかもしれないが、まさにゲレンデは洗濯板状で細かい凸凹からブルブルとした振動が足に伝わってくる。昨夜、ゲレンデ整備員が早く済ませて帰ろうとグルームしたのであろうが、それなら早く帰って朝早くからグルームしてくれたら軟らかい雪を滑られるのにグルームすれば良いと言うものではないと思う。もっと客のためのグルームをして欲しいものである。5番を滑る。佐野さんが「さすが小堺氏、2ヵ月半のハンディーを感じさせない滑り」などとおだてるが、実際はまったく運動をやっていないので下半身の安定も粘りもなく、すぐ後で転んで原ちゃんに笑われてしまった。

 

佐野さんが「上に行けば雪質が良いかもしれないから上に行こうよ」という。私は「上もバリバリだと思うよ」といったが、ゴンドラで山頂に行くと思いのほか雪が良い。珍しく佐野さんの読みの方が当たった訳だが、この辺が春の雪質の読みが難しいところ。昨日の日中に山頂の雪が一度溶けていれば私の読みが当たっていたはずだが、昨日山頂ではそれほど気温が上がらなかったということである。

山頂の4メートルはある標示塔のポールが腰掛けられるほどに雪の中に埋まっているので記念撮影してからコニースに向かう。一番一般的な山頂からの降り方であるが、雪はエッジが効くくらいには軟らかい。途中で止まって二人を待つと、こけた原ちゃんが頭を下にして目の前を流れていく。先ほど原ちゃんには笑われてしまったし、スピードがないから安心して無様な姿を眺めさせてもらう。なかなか止まらず50メートルほど下方でやっと止まった。見事な体を使った滑りであった。

その後またゴンドラで山頂に戻り、今日の最後は昨日滑れなかったアクトのモーグルを選びキャニオンへ戻ることにする。私はこの季節のモーグルが好きだ。と言うか今の季節、雪質は期待できないから春スキーで面白いのは少し軟らかくなったバンプを滑るモーグルしかないと思っている。手前で二人を待ち、私が先に降りる。佐野さんも今回は足の具合も良く、快調である。雪はまだあるがキャニオン・ロッジは来週の週末で閉まる。そうするとメインロッジから入って滑られる斜面は限られ、モーグルができるのはウェストボールだけになってしまう。アクトのモーグル斜面の下からキャニオン・ロッジに続く斜面を一冬を振り返るようにショートターンでゆっくりと下りる。やはりスキーは面白い。

 

ローカルの山にもまだ雪が残っている。スキーから帰って三日目、7インチの雪がマンモスに降ったという知らせが入った。そして今日のニュースでもまた、季節外れのかなりの量の新雪が降っているはずである。まだマンモスの春は遠い。でもある日、春は突然に、そして確実にやって来るのである。

佐野さん達は明日の金曜日から土曜の釣りの解禁日に合わせてマンモスに向かう。

私はもう少し春の訪れを待つことにする。