出会い    20061217日   小堺高志

 

久しぶりに佐野さんと二人でのマンモス行きである。

 

彼との出会いは思い起こせば今から31年前、私が学生の時アルバイトをしていたビバリーヒルスのお膝元センチョリーシティーにあった当時アメリカで一番大きな高級日本食レストラン「大和」に、バスボーイの新人として入って来たのが彼であった。客に出す水を用意していた私の横に来て「佐野です。宜しくお願いしまーす」という一言から、このながーい付き合いは始まった。

佐野さんは私より一歳上であるが、スキーは初心者であった。その頃、同じアルバイト仲間で貞やんという私の常連のスキーメートがいた。佐野さんも段々と私とスキーに行く機会が増え、貞やんが日本に帰ると佐野さんは私には欠かせないスキーメートとなったのである。

 

日本で、あるいはロスに住むようになって何人か親友と言える友達がいたが、今はなかなか会う機会がない。そんな環太平洋の私の友人関係の仲で佐野さんは私にとりスキーに限らず、妻より付き合いの長い心許し合える無二の親友である。ゴーイングマイウェーのところのある彼であるが私の言う事は聞いてくれ、必要な軌道修正もしてくれる。

スキーは一緒に滑る仲間がいてこそ、楽しく続けられるのであり、彼なくしては私のスキー人生も、これほど長く充実して続いていなかった事であろう。

 

今回は暖冬で自然の雪に恵まれないマンモスが、どのくらいお金をかけて人口雪を造っているかクリスマス休暇前の偵察のようなものである。

早めに仕事を切り上げ、4時にはサンタモニカに向かっていた。

今回は佐野さんが途中で食べるお弁当を調達していてくれたので、いつもの「九州ラーメン」は素通りして走り続ける。そしてモハベのカールスジュニアで飲み物だけ買ってお弁当を食べさせてもらう。持込のお弁当を食べるならここと決めている。何せL字型で縦に長くて、空いていて奥には誰もこないのでかなり堂々と日本食のお弁当を食べる事が出来るのである。ただ、ドライブスルーの車がウインドーの後ろを通る。まさか我々のお弁当を見て、ドライブスルーの人がカールスジュニアで「おぼろ弁当!」と頼む人はいないと信じる。

 

予報に因ればマンモスは今夜から待望の雪が降り始め、日曜までに1フィートほどの雪が積もるはずである。しかしマンモスに近づいても空には星が輝いている。「天気予報を信じ、チェーンを履くつもりで来ているのに、なんだ!この天候は」と、がっかりしながらシャモニーに10時半には着いていた。

 

朝、ゲレンデに出ると青空が出て良い天気である、しかし風が強くて寒い。車を駐車すると前回は開いていなかった目の前のスタンプアレイと、山頂からのコニースが開いている。何本か滑ってみると風のため表面の雪が飛ばされ、下の凍った雪面が出ていてかなり滑り難い。「原ちゃんがいると、もう休みが入っている頃だね」我々の中では一番若いのに、最近の原ちゃんは休憩が多く、体力が付いてこないようである。「そろそろ、もう少し動きの良い若い奴を探すかね?」と半分冗談で佐野さんと話している。その原ちゃんとの出会いは7年ほど前、シャモニーのコンドに真夜中の1時近く突然ドアをノックする不審者が。ドアを開けると「原でーす」といって始めて会うゲストが入ってきた。斉藤ちゃんから原という人が行くかも知れないと聞いていたが、突然の真夜中の訪問者であった。その時は一度だけのゲストかと思っていた彼が、いつの間にかスキー三昧のレギュラーメンバーになったのは、スキーが好きでお酒が好きという入会資格をクリアしていたからである。


 

午後1時半にあがってタウンにあるロビンのスキーショップに行く。ロビンは嘉藤さんが紹介してくれたマンモスの街中にスキーショップを持つオーストリア人で、ストックリのスキーを取り寄せてもらった。前回来た時に支払いを済ませ、先日、スキーブーツを買ったのでバインダーを取り付けてもらい、今日はバインダーの調整をしてスキーをピックアップすることになっている。靴はレドンドビーチの専門店で買ったロシニョールのインテンス I14,最初に履いた時のフィット感が気に入ったが、加熱してインナーブーツを自分の足に合うように形をカスタムメードすると更にフィット感が増した。その靴を持ってロビンの店でバインダーの調整をしてもらう。ストックリのスピリットというスキーで長さは短く158cmしかない。ストックリはスイスのメーカーで一本一本手作りのスキーであるため生産数が少なく、ディーラーも少ない。その中でも人気のスピリットは嘉藤さんお勧めのオールマウンテン用のスキーである。早くニュースキーを履きたいが、まだ雪量が十分でなくゲレンデは時たま石ころが転がっていたりするので、ニュースキーを履けるのはクリスマスの時かと思っている。そのためにも早く自然の雪が降ってもらいたいのである。

 

天気予報はよく外れる。昨夜から降ると聞いていた雪はまだ降らない。そして予報はいつの間にか雪が降り始めるのは土曜午後6時からと変ってきている。夕方ジャグジーに入っていると、その一日遅れの雪がパラパラと降り出して来た。食後佐野さんと日本酒を片手に、がらがらのリクリェーションルームで楽しく玉突きをしていると、まもなく雪は止んでしまった。「これで終わり?またしても期待はずれだね」地面は薄く雪化粧をしているがほとんど積もっていない。日本酒でほてった顔に外気の寒さが心地よい。

午後から天候が崩れ 、夕方から雪に成ったが直ぐに止んだ

翌朝、4時くらいに外を見ると我が眼を疑う。いつの間にか、かなりの雪が積もっている。昨夜は久しぶりにシャンペン、日本酒をかなり飲んで、テレビを見ながら気持良くうたた寝し、結局そのまま寝てしまった。佐野さんも同じようなもので二人とも雪はもう止んでしまったと諦めて外を見ていなかった。それが今朝は予想しなかった雪がいつの間にか積もっている嬉しい誤算である。

外に出ると30cmほどの新雪が車を覆っている。車の雪を払い、この雪ならニュースキーを使ってみようと気合がはいる。

歩いて行けるキャニオンロッジが開いていないのでシャトルバスを使ってメインロッジに行こうと思ったが、この時期シャモニーの前を通るシャトルはまだ1時間に一本しかない。結局私の車にチェーンを履かせ、スタンプアレイのリフト乗り場まで行きゲレンデにでる。ここで新しいスキーを履いてみる。今までのフォルクルスーパースポーツ6スターも良いスキーであったが、ちょっと重くて硬いのが欠点であったが、このストックリは軽く柔らかい。最初はこのスキー板の特性を見るためにいろいろ試しながら滑る。目の前のには昨夜積もった10インチの新雪がある。少し風が強いが、マンモスには珍しく全面グルームしてない積もったままの状態である。このスピリットはその長さと幅から、深雪の中でどのくらいの浮力があるのかが私の一番の不安であった。新雪のスタンプアレイの斜面を降りてみると深い雪の中でもかなり良い感じである事が分かる。これなら心配していた浮力もまったく問題ない。まだ試運転中であるが、私がこのスキーはどのくらい私の力量を引き出して反応してくれるのかを見ているように、スキーもまた主人である私がどのくらいスキーの持つ性能を使ってくれるのか見ているはずである。
   
ニュースキーとブーツ             佐野さんも出発準備

マンボというコースは下で二手に別れる。左に行くとメインロッジのあるブロードウェーに出る。右に行くとスタンプアレイである。佐野さんとブロードウェー側に降りる約束をして先に滑り出す。ニュースキーが気持ちよく反応してくれるので佐野さんのかなり先を行き、ブロードウェーのリフト乗り場で佐野さんを待つがなかなか下りて来ない。どうやら方向を間違えてスタンプアレイの方に下りてしまったのであろうと、ブロードウェーのリフトで上がると、途中でみえる右側の何時もレースに使うコースがまだほぼ手付かずの状態で残っている。この斜面を滑りたい。バージンスノーはスキーヤーにとり、魅惑の斜面である。リフトを降りて右に行けばそのコールの上に出る。しかし左に行ってスタンプアレイの方に行かなければ、逸れた佐野さんとは会えない。「走れメロス」の気持であろうか。友情かヴァージンスノーかどちらを摂るか、それが問題であるが、リフトのうえのスキーヤーとしての私の心はあの斜面の雪を見た時から決まっていた。ブロードウェーへ下り損ねたのは彼であるから、迷うことなく右である。リフトを降りて右に行こうとすると丁度佐野さんがスタンプアレイのリフトを降りているのが見えた。そして右手の方への行く手にはロープが張られて進入禁止になっている。危うく心腹の友を裏切るところであった。そんな思いがあったとは露ほども顔に出さずさわやかに佐野さんに声をかける私「佐野さん!丁度良く合流できたね。ところでファシネーションに行く裏回りのコースは閉まっているね?」

しかしこの話にはまだ続きがあった佐野さんに、なぜスタンプアレイの方に下りてしまったのかと聞けば、「目の前をキャットがグルームしていたので、そのすぐ後ろのグルームしたてのソフトスノーを追ってスタンプアレイに下りた」という。何のことはないブロードウェーに下りた私を裏切ってスタプアレーに下りた確信犯であった。佐野さんもまた友情が雪の魅惑に負けたスキーヤーであった。

 

11時半には上がって帰らなければならない。雪が降り続けており、視界が悪くなってきた。午前11時、佐野さんは視界が悪いので休むという。11時半に車のところで会う事にして、私は更に3本滑る。新雪の荒らされた雪面であるが、ニュースキーを試すためには良い条件である。少し攻めのスキーをしてみる。幾分スピードを出してショートターンで荒れた雪面を滑ると、良く反応してくれてターンが軽い。おそらくスキー靴のせいもあろうが、私が今までに履いた数多い板の中で文句なしに最高のスキーである。スキーも年々進化している。後はモーグルが楽しみだ。人との出会いは突然にやってくるが気が合うかどうかは付合ってみないと分からない。良いスキーとの出会いは、評判を聞いてもそれが自分に合っているかどうか、最終的には履いてみないと分からない。今シーズンはストックリとの出会いの季節となった。

 

今度くる時には、もう少し十分な雪に恵まれているよう祈りながらマンモスを後に、雪道を帰路に付く。

 

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